日本のビリー・ホリディ

1972年秋に、「♪いつものように幕が開き 恋の歌うたうわたしに・・・」
とゆっくり歌い出される名曲『喝采』が流れた。別れた恋人の訃報を受けた私が
その弔いに教会を訪れるというドラマチックな歌だった。青春ソング真っ盛りに流れた暗く重い大人の歌は、たちまち人々の心を掴んだ。この時、ちあきなおみ24歳。
幼い頃から米軍のキャンプで歌っていた彼女は、言い知れぬ苦労を重ねて10代でメジャー
デビュー、歌のうまさで一躍スターダムに踊り出た。
だが、素顔は無口でシャイだった。歌をうたいあげるには彼女は、自らを狂気まぼろしの
世界に追い込まなければできないという噂がたつほど、表の顔と素顔は違っていた。
バブルが弾けた頃、彼女は結婚しやがて半分引退したような生活を送る。辛い幼年期を癒してくれるようなパートナーを得たのだ。その幸せも長く続かない。
パートナーの死、母の死、そして引退を宣言する。そのあと長く私の町の隣り二宮でくらしていた。先年、そこを引き払い東京へ去った。その後の消息は聞かない。
3年前、彼女のドキュメンタリーを作りたいと本気で考えた。それまでも、彼女の歌は同時代として聞き口ずさんできたが、「円舞曲(わるつ)」「夜へ急ぐ人」「ゴンドラの歌」を聞いて、その表現にあらためて驚愕した。和製ビリー・ホリディの名にふさわしいと思ったのだ。
いくつかのルートを通じてエールを送ったが、彼女はまったく復帰を考えていなかった。
私は企画を断念した。
それでも、私は今も彼女の歌を聞きつづけている。
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