おもかげを風にあたえよ
短歌のことはよく知らない。が、タイトル「生のうた死のうた」にひかれて、佐伯裕子の編んだ短歌のアンソロジーを手にした。
そこに尾崎翠のことが書かれてあった。昭和の初期に活動した作家であることぐらいしか知らないが、その名前は小説「第7官界彷徨」という不思議な題名で覚えている。
尾崎は落合に住んでいる頃、林芙美子と交流をもっていた。そのころ苦しい恋をした尾崎はミグレニンという薬物の中毒にかかってしまい、その治療のため故郷鳥取に帰ってしまう。その後、林芙美子は文壇でも盛名をはせていくようになるが、尾崎の行方は誰も知らない。
先年、自主映画で「尾崎翠をさがして」という作品が全国を巡回し、若い女たちの関心を集めているということをメディアを通して知ってはいたが、それほど深い関心を私はもたずにいた。が、今から考えると、その行方知れずになった尾崎の人生を探し、女の生き方の苦しさを見つめる映画であったのかと不覚を思い知る。
佐伯の書によれば、尾崎は帰郷後、山陰の田舎で行商をして歩く人生を送ったらしい。昭和46年、75歳となった尾崎は誰も知られることなく鳥取の老人ホームでその生を終えている。佐伯はこう記している。
《死の際に、「このまま死ぬのならむごいものだねえ」と、大粒の涙を流したと伝えられている。》
その尾崎が残した小説のなかでうたわれている詩を、佐伯は紹介しているが、その詩が今朝の私の心を鷲掴みにした。
おもかげをわすれかねつつ
こころくるしきときは
風とともにあゆみて
おもかげを風にあたえよ
・・・このシンプルな言葉の群れに呆然とした。
吾にかえって、佐伯裕子とはいかなる人かと奥付けを見た。1947年杉並に生まるとある。私と同世代だ。それを知ったとき時空を超えた不思議な同時代感覚をもった。
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