夕星(ゆうずつ)

夕星(ゆうずつ)という美しい言葉がある。夕暮れになると空が
茜から次第にすみれ色に変わっていく。大空に、星がかすかに光る。
「一番星見つけた」「二番星見つけた」… それらの星を指す言葉だ。
日は落ちても、空の端には光はまだ残っている、景色も見えている。
暮れそうで暮れない。
黄昏となる。やって来た人の顔も判別がつかない「誰そ、彼」。
まわりの風景にも薄闇が忍び寄り、輪郭もぼやけてくる。
夕星はいちだんと輝きを増していく。
夕星や黄昏というゆかしい言葉を用いた古人を思う。
備後の詩人で、木下夕爾という人がいた。こどもの詩を書いていた。
一生、地方都市で薬剤師として生きて、51歳でなくなった。
近年、この人の俳句が注目されている。詩人だけあって、言葉がいい。
夕焼濃し 手を振りあふだけの 別れ
遠樹に雲 草に白帽 夏果てぬ
枯野ゆく わがこころには 蒼き沼
彼の住む福山には、戦争中数人の文学者が疎開してきた。その一人に井伏鱒二がいた。
夕爾は井伏に可愛がられた。といっても、釣りのお供をするぐらいだったが。
戦争が終わると、井伏を始めとする文学者たちは東京へ帰っていった。彼にも
上京の誘いはあった。だが、夕爾は終生備後を出なかった。おそらく家の事情が許さなかったのだろう。
才ある人たちが去って行くとき、夕爾の胸中はいかばかりだったか。
たまたま、私の同僚の実家が夕爾の隣家だった。福山へ出張したとき、立ち寄った。
彼の家の庭に句碑があった。
家々や 菜の花色の 燈をともし
夕星をみるたび、夕爾のこの句を思い出す。
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