コメモレーション
ずっとこの聞き慣れない言葉と格闘している。
日本語では適当な訳がなかなか見つからない。しいていえば、「顕彰行為」とでもいうか。
広島の日を記念して、毎年8月6日に平和公園で記念式が行われるようなことを指す。
1945年の8月6日に起こったこと、それが記憶されたこと、歴史として記述されたこと、現地記念碑として刻まれたこと、の間には微妙なずれというか差異がある。そのことの研究が近年盛んであるが、その一角に私も参加しようと小論を書く企てをたてた。2年前のことである。
テレビが描いたヒロシマの出来事というテーマに私は挑んだ。
それは、京都の大学で開かれた「戦争の記憶」研究会の会合で不定期に三回ほど発表したが、取材も遅々として進まなかっただけでなく考えもなかなかまとまらなかった。締め切りは昨年の1月であったが間に合わなかった。
その会合では研究成果を昨年春に出版したが、私はそこに加わることができなかった。あらためて学問する能力が低いことを思い知ったわけだが、一方置いてけぼりを食った悔しさも残った。だから、その後もひとりでこつこつ調べて文章にしてきた。書いては消し、消しては書き直すという作業を繰り返し、先週ようやく最後まで書き通すことができた。字数にして53000、130枚ほどの分量になった。
もちろんこれはまだ第1稿というべきで、全体調整を施す必要があるのだが、一応ひとつのまとまりになったということで、「査読」をS先生にお願いしようと考えている。その私の願いは昨年末に先生に伝えてあるので、受け取っていただけるとは思うが、読みやすい原稿に改変しなくてはと、今朝も元原稿を眺めながら気をひきしめた。
テレビドキュメンタリーにあってはヒロシマを主題にした作品はハチロクと呼ばれて、1950年代から優れた作品が数多く制作されてきた。被爆者の苦難の生活を描いた原点もの、兵器としての原爆の威力とその殺傷力、放射線の影響、被爆者運動、さらに核事故、など多彩に描いて来た。このハチロクという記憶の場をコメモレーションという視座から見つめてみようという試みだったのだが、さてどれほどの成果物となったものか。
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