そして人生はつづく
川本三郎の最新のエッセー集『そして、人生はつづく』を読んだ。
3年前奥様をなくして、子供のいない川本さんはひとりで暮らしている。マンションにこもって仕事をするか家事をするか、それともぱっと家を出て、房総や甲州など近所田舎を電車で旅している。この旅にまつわる話は、ベースに日本映画のロケ場所話があったりつげ義春の劇画のモデル話があったりで、同世代としては見逃せない。
いっときの暗さは薄まったが、このエッセー集にも亡くなった奥様への想い―想夫(婦)恋が通奏低音として響いている。35年連れ添った奥様を喪失した川本さんにとって、その穴ぼこは同じくらいの時間をかけねば埋まらないものだろう。月命日には奥様の眠る霊園に出かけて、その前で弁当を食べて帰って来ることにしていると、川本さんは記している。
奥様の葬儀が杉並のお寺で営まれたとき、私も参列した。夏の暑い日であったと記憶する。このブログ「定年再出発」でもその様子を記したことがあった。
恋女房を失った悲しみが昂じて、江藤淳は自裁した。江藤がそこに至るまでに書いた想夫恋と川本さんが書くそれがよく似ていると危惧したこともあったが、最近は薄明りがさすような文章に変わってきたと思う。
タケ先生の鍼灸院で川本さんと顔を合わせることがある。挨拶を交わす程度で、それ以上の会話はない。文章のうえでは思いやりがあって温順な川本さんだが、生身の氏は「人嫌い」の性向がにじみ出ていると、私は感じる。ゆえに余計なことは言わない。
だがエッセー、特に町の居酒屋ツアーや日本映画の舞台話などを読んでいると、サブローさんと声をかけたくなる。文は人なりというが、川本三郎さんの本質はどっちだろうか。
これまでいくつかの番組に出演してもらったが、一番心に残っているのは、1993年に広島時代に作った「井伏鱒二の世界」だ。井伏が死去して初めての展覧会が故郷の福山で開かれたことにちなんで制作したETV特集。このときパパスのおしゃれなシャツを着て、リュックを肩にさげ備中備後を歩き回っていただいた。今思えば、あのコーディネートは亡くなった奥様の見立てだったにちがいない。
ふと思ったのだが、川本さんの老い支度や想夫恋の「愚痴」のスタイルはどこかで見たことがあるぞ。
・・・最近の、定年をむかえ、病気にぐずぐず言い立てている、私の泣き言に似ている。
というのは言い過ぎか。
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