明け方の夢
明け方にまた夢を見た。大寒なのに見た夢は夏の季節だった。登場した芥川也寸志は浴衣を寝間着にしていた。掛布団も薄い夏物だった。
芥川の東京の家で会合があった。どうやら龍之介の作品に関わる町のことでの発表会のようだ。長崎か敦賀の話題があがった。その町に今も残っている異人館のたたずまいについて、郷土史家が熱く語った。病に臥せっている也寸志は床から半分身を起こして楽しそうにその報告を聞いている。
郷土史家の報告の最後を、私が受け持つスピーチで締めくくることになった。私は龍之介が若い頃その町をほろほろと彷徨った光景を思い浮かべて、こう言った。
「人は末期のシャッターが下りて来るとき、最後に見るのは懐かしい町か、懐かしい人か。」
柳の青める葉が揺れて風があった。石畳の路地だった。異人館を楽しそうにのぞいている龍之介。単衣の着流しで、麦わら帽子をかぶっていた。
そのとき、ふと句が浮かんだ。
麦わらのつばに残れる別れかな
床で耳を澄ましていた也寸志は楽しそうに笑った。
目が覚めて、まざまざと句を覚えていたことに少し感動して、午前5時半にこの記事を作成することになった。昨日は飛騨高山の友人谷口のこと、今朝は芥川也寸志のこと、明け方に見た夢のあざやかさ。
8時、二度寝して目がさめた。明け方の夢について書いたことを読み直して、なぜこんなことを思ったのか考えてみた。
昨夜、この冬一番の寒さのなか銀座へ出た。京大のS先生と待ち合わせるためだ。学士会館で会合のあった先生と久しぶりに夕食をともにした。先生とは毎年4月から7月まで月一でお会いしてきたから半年会わないと長い不在に思われ、機会があればいつでも会いたいと願う気持ちがある。
三笠会館で2時間かけて食事をした。現在執筆中の「源氏物語の新説」についてや私も知っている卒業生諸君の動向についてのとりとめもない話だ。ところが退屈しない。ふたりとも好奇心が人一倍強く、アカデミズム、ジャーナリズムのそれぞれの話に興味がつきないのだ。
食事を終えて、腹ごなしも兼ねて日比谷方面へ散歩。とびきり風が冷たいが、町の明かりがうるんで美しい。
帝国ホテルまで出たとき、ここのパーラーでスィーツを食べようということになり、1階ロビーに入り込んだ。週末の帝国ホテルは若い世代で賑わっていた。
ここでも先生と小豆アイスを頬張りながら、わたしの「課外授業」のネタや先生の西陣のうまいものやの話で時間はあっと言い間に過ぎた。
そして新橋まで歩いた。私は山手線、先生は銀座線で帰っていく。ではまたお会いしましょうといって新橋のコンコースで別れた。なぜだかこの別れが心に残ったらしい。これが形を変えて明け方の夢になって現れたと、自分なりに解釈した。しかし、こうして書き出して振り返っても、夢で見たことと現実に再会したS先生のことも区別がつかない。両方とも現実にあったような気もするし、夢のなかのことであったような気もするし。
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