老いの小文
年が明けて、風は冷たく雪は残れども、日脚伸ぶで明るさがましていくということは励まされるものだ。
数日来、腕の痛みで居酒屋に寄ることもなかったが、昨夜は先輩のYさんと駅前の庄屋に寄って1時間半飲んだ。
今年74歳になるYさんは学校放送の利用推進の事業に関わっていて、月のうち2週間以上全国各地に出張している。先週も留萌まで行って雪に閉じ込められたそうだ。山口、秋田、留萌、滋賀と東京の自席を暖める暇もなく飛び回っている。さすがに近年は草臥れてきたそうだ。
早稲田の政経出身のYさんの楽しみは、母校の大学図書館で読書することだ。高田馬場まで行って、ヨーロッパ中世美術の専門書を読みふける事が現在の最大の楽しみだそうだ。グリューネバルトがお気に入りで、北方ルネサンスの絵画を求めてよく渡欧していたが、最近は大学の図書館でその史実を調べたりしているのだ。
ということで馬場の古書店には顔らしい。最近は古書を購入するのでなく売り払うほうにまわっているとか。50年かかって集めた蔵書で、梶ヶ谷の自宅も傾きはじめ、奥様からさすがに顰蹙をかって、少しずつ処分を始めたのだ。買値とちがって売値は圧倒的に廉価になるでしょうと聞くと、にやにや笑っている。
「ほとんどただ同然で引き取ってもらっているんだ」「だって、誰も読まないような本ばかりだからさ」
先月、奥様の亡くなった父上の蔵書を古書店に頼んでひきとってもらったという。たしか、その人は若山牧水の弟子で良書をたくさん所有していたはずだがと聞くと、「そういう曰くとか因縁とかはもうすっぱり断ち切って、引き取ってもらうこと第一」とさばさばしてのたまう。
そんなはずはない。自分で油絵を描く以外、読書しか趣味をもたないYさんが安月給のなかから少しずつ買い集めた書籍を、そんな簡単に諦められるはずがない。
1時間、盃を交わすうちに本音がぽろり。「いちいち売値を決めていると、本がかわいそうでさ」
そうか、みな老いの幕引きを考えているのだ。私とて、20年かかって集めたサブカルチャーの資料や大江健三郎資料、長崎広島原爆資料を後生大事にもっているが、息子や娘はまったく関心の外。大磯の家に閉じ込めているのだが、どうしよう。
さらに、今月でオフィスの資料ロッカーも店じまいとなる。これらの処分をどうするか。
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