アルカトラズ幻想
日本ミステリー界でも本格派として知られる島田荘司。御手洗潔シリーズや占星術殺人事件などはよく練られたトリックは日本離れしていたと話題になったと記憶している。もう20年も前のことだが。
60を過ぎた島田であればきっと円熟のミステリーを読者にプレゼントしてくれるだろうと期待して新作『アルカトラズ幻想』を手にした。初出は今年の「オール読物」の6月号から10月号にかけて連載された作品というから、出来立てほやほやの小説だ。
分厚い。537ページにわたる物語の舞台は、ワシントンDCのカントリーから始まり、西海岸サンフランシスコのアルカトラズ島、テニヤン、長崎、軍艦島ととてつもなく広い。なにせ時代は太平洋戦争の終末期、長崎に原爆が投下される半月前のことだ。このような設定そのものになんとなくついていけない。コートームケーの匂いがした。小さな嫌悪が湧いた。
なにより腰をぬかしたのは、主人公が閉じ込められた悪名高いアルカトラズ刑務所の「構造」だ。脱獄をこころみて、嵐のなかに躍り出たのもつかの間、主人公たちは捕縛される危機に陥る。とそのとき、この島のもうひとつ隠れた「構造」が出現してくる。それを亜空間と著者は説明するのだ。
一瞬、これってSFではなくミステリーだろうと、あらためて表紙にもどってオビを読んだ。《「本格」の新地平を切りひらく「超本格ミステリー」。現代史の常識に一石を投じる力作長編。 孤島の監獄アルカトラズ 脱獄囚が迷い込んだ異世界とは?予測不能、驚愕の結末》
やや、やはりこのオビにもミステリーではないものが匂ってくる。「超本格」という表現はなにか思わせぶりだ。「異世界」にいたってはミステリーじゃありえないワード。
タイトルと違って、この小説のメイン舞台はその監獄島でなく、戦争末期の長崎になる。ここへ襲来することになるテニヤンの特殊攻撃部隊の動向がこの物語の肯綮なのだ。
原爆搭載機がテニアンに集結した情報を日本軍はかなり早くに掴んだという秘話が2年前の夏のNスペで放送されたことがある。史実としてはやや信憑性に難があるかと思われたがその夏の話題になった。この話に作者の島田氏はヒントを得て、この「ミステリー」を書いたのだろう。と私は推測する。米軍は原爆投下を事前に練習するためにパンプキン爆弾というものを日本各地に投下していたという事実は、被爆地の広島長崎ではよく知られている。その逸話なども道具立てに利用されている。
エンターテイメントだから目くじらを立てるまでもないと思うが、長崎原爆、その悲劇と鉄壁の監獄島、脱獄そして亜空間の出現とお膳立てされると、これはミステリーではないと文句のひとつも言いたくなる。
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