「浮雲」のこと
知人から「浮雲」と「冬のソナタ」をメロドラマとしていっしょに扱うのは
いかがかと、たしなめられた。
たしかに、冬のソナタを評価するあまり、成瀬の「作品」まで持ち出したのは
いささか、やりすぎだったかもしれない。
だが、かつて成瀬三喜男のこの名作も〈男と女の業〉とか〈メロドラマ〉とか
からかわれた時期もあった。このことは少し記憶されていいだろう。
ここでのメロドラマというレッテルは揶揄であることは言うまでもない。
今年は成瀬生誕百年だ。CS映画チャンネルでも特集を組んでいるしBSでも
秋に代表作が編成される予定だ。成瀬見直しが始まろうとしている。
敗戦直後、さっぱり芽が出なかった成瀬だが、1951年に林芙美子の「めし」を
映画化してから、「おかあさん」「稲妻」「晩菊」とその力を発揮した。そして、
1955年「浮雲」を製作して頂点を極め、成瀬ワールドを作り上げた。
「浮雲」は、戦前の仏印(今のベトナム)で知り合った男女が、戦後再会して
転落していくまでの、「腐れ縁」を描いている。
小林信彦は「戦後10年目、大衆の意識の底に眠っていた(勝利者、侵略者だった
ころの甘い記憶とその後の辛かった記憶)を呼び覚ました」と見ている。
単純な男女の色恋ではすまない陰りを成瀬は見事に表現している。終章も
暗澹たる思いを観客に引きずらせたまま、主人公を「奈落」に向かわせようとしている。
成瀬のペシミズムは思いのほか深いのだ。
戦後10年目に自覚させられた大衆の意識は、その後さらに歪んで奢ってはいないか。
日本を見るアジアの厳しい眼差しを、成瀬はこの段階で感じていたのではなかったろうか。
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