月夜
夕影濃くなる頃、山際がうつくしかった。高い空に茜が射して、空は古代青を深めていた。こんな静かな夕暮れをあと何回見ることができるだろう。
2年前の大地震以来、めっきり厭世観にとらわれるようになった。次々に起こってくる事件、事故、紛争のニュースはいいことが一つとしてない。半世紀前の帝国主義がよみがえったかのような国境紛争、企業経営者の遁走、官僚の無責任、そして政治の停滞、なにより右傾化の兆し。
暗い世相には暗い気候、節気しかないかと嘆いていたが、昨夕の月の出の頃は思いがけず美しい景に出会った。
日が沈んだあとも大空にいつまでも明かりが残り、地平線を覆う雲がシルエットとなる頃、大きな満月がぽっかり浮かんだ。その見事な丸さと黄金色にうっとりしてしまった。
紅葉山、ツヴァイクの道をゆっくり登った。秋の草むらを踏み越えて、坂の中ほどまで行ったところで振り返ると、相模湾に穏やかな江ノ島が浮かんでいた。海の色もゆっくり蒼ざめていく。
家に帰りついて、風呂を立てた。暑すぎず寒すぎずほどよい気候で、湯船たっぷりのお湯を張った。肩までつかって鼻歌まじりで向山の頂を仰ぐ。空にぽつんと星がまたたく。あれは一番星か二番星か。
その夜、「かぐや姫」から電話がかかってきた。思いがけないことであたふたした。缶ビールをラッパ飲みしていたこともあって、酔いがいささか回った。「あんたの動く所作が魅力的だよ」とおべんちゃらを言うと、「どこらへんが」と問われた。川島雄三の「洲崎パラダイス」に出てくる新珠美千代とそっくりだよと応える。柳腰と呼びたい細身がしなる様は絶品だ。あの映画を見ておいたほうがいいよと、酔余にまかせて大口をたたく。これ以上話していると馬脚が出そうで、丁重に電話を切った。いつか、この人のうまい芝居を見てみたいものだ。
夜更けて、「ファミリーヒストリー」を見た。俳優、浅野忠信の祖父の物語。ドキュメントの終盤に仕組まれたサプライズには感動した。たしかに、昨年放送されて、評判をとったということも分かる。
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