クリシェ
連続テレビ小説「梅ちゃん先生」を見ていて、映像の慣用句的使用が気になった。
昭和30年代のテレビ普及の時代相を描いた場面だ。近所の人たちがテレビを買い入れた食堂に集まって、その頃はやったプロレス中継に夢中になるという場面の設定、絵造り。まったく映画「3丁目の夕日」と同じであることに、自分自身もついやってしまう映像の「常套句」の危うさを思ったのだ。
テレビが普及しはじめた頃のキラーコンテンツは力道山が活躍するプロレス中継で、街頭テレビにはおおぜいの人が押しかけ、食堂など公衆が集まる場所に設置されたテレビに人々は夢中になったという言説を映像化したものだ。
8年ほど前に力道山のドキュメントを作ったことがあって、そのときに私自身も街頭テレビの場面の絵造りを同様のものにした覚えがある。有楽町に設置された街頭テレビの当時の責任者までインタビューして、その言説の正当性を描きたてたものだが、今となって振り返ってみるとどこか嘘くさい。
あの当時、テレビ現象の大きさでいえば、プロレスより西部劇だったのじゃなかっただろうか。テレビが始まってもコンテンツが不足していた日本にとってハリウッドの西部劇テレビドラマがもっとも効率がいいと多用されていた。「ボナンザ」「ララミー牧場」「ライフルマン」「ガンスモーク」「拳銃無宿」「ローハイド」、ざっと思い出すだけでも5つ6つ出て来る。ララミー牧場のロバート・フラーが来日したときのファンの大騒ぎなどは後のペ・ヨンジュン現象と匹敵するほどだったが、今や誰もそう言わない。
高度成長時代の慣用句は新幹線開通と多摩団地の開発造成の映像がもっとも有名であろう。新幹線が線路を驀進する仰角ショット、多摩の造成地をヘリコプターから見下ろす俯瞰ショットはしょっちゅう使われる。
さらに1970年という節目の時代は、大阪万博オープンの風景と日航機のっとりの離陸シーンだ。他人事として批判するわけにはいかない。この映像の慣用的、常套的使用は多忙であるとついついやってしまうのだ。
たえず意識を覚醒させておかなければ、オーディエンスはもちろん作り手もドグマに陥る。
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