音楽の威厳(すごみ)
池袋、鬼子母神近くにある東京音楽大学へ行った。現在取材まっさかりの企画「戦争がのこした爪痕(仮)」の大事な演奏シーンの撮影が、午後1時半から始まると聞き、渋谷のオフィスを12時半過ぎ出た。
目白で降りて、東音大まで歩いたのだが、地図では15分と記してあったが、じっさいには30分近くかかり、炎天下のなか汗でTシャツがぐっしょりとなった。こんなときは即水分補給と路傍のドリンクスタンドからミネラルウォーターを買って、口に頬張りながら道を急いだ。
音大J館のある一室で、「ミニコンサート」が内輪だけで開かれた。到着したときプレイヤーたちは本番前で練習に余念がなかった。演奏されるのはヴァイオリンとピアノの協奏曲とピアノ曲の2つ。長い練習時間(というのはプレイヤーたちに曲が提示されたのはわずか半月前で、一度も合わせたことがなかった)の果てに、午後2時40分、吉田隆子の代表作のひとつ「ヴァイオリンソナタ」の演奏が始まった。
大地の下から湧いて来るエネルギーが動き出そうとするかのごときピアノの前奏。そこには後に波乱が起きそうな不気味な予感を与える響きもしくまれている。10数秒後にはヴァイオリンの緊張した音色がひそやかに参入する。かと思った途端、ドカンとすさまじい音量が2つの楽器から奏でられる。まるで、この音楽を作曲した吉田隆子の人生のような音の奔騰が始まった。およそ8分、聴くものの心を掴んで離さない。
吉田隆子。1910年に生まれて、1956年に46歳の若さで死去した女性作曲家。昭和の激動期を生きたひと、反戦を貫いた人。知る人ぞ知るという存在だったこの人を教えてくれたのは、音楽家の渋谷毅さんの妹さんだった。存在を私が知ったのはわずか3ヶ月前のことだ。
この企画を立てた一人として、故人となった作者の思いを偲ぶこともあって、残されたスコアから実際の音にしていただこうと目論んではいたが、まさか、これほど優れた音楽であるとは、正直思っていなかった。さきほどの演奏を聴きながら、苦難の多かった吉田隆子さんに花を手向けたい、そういう思いでこのドキュメンタリーを仕上げていこうと私は決意した。
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