退職して22年
イイダさんは往年の大カメラマン。あのベトナム戦争のときに凄いスクープの映像をいくつもものしている。とにかくサイゴン陥落のとき、混乱のなかに止まって国が滅んでいくということはいかなるものか、その実像を記録したのだ。北から進軍してくる解放戦線や北ベトナム軍と遭遇すればどうなるか分からないという恐怖のなかで、イイダさんは踏みとどまって「歴史」を記録した。フリーのカメラマンの数人以外、イイダさんのような局のカメラマンは皆無だった。ベトナム戦争に従軍したジャーナリストたちを描いた「叫び声が聞こえる~ジャーナリストたちの戦争」を私は去年1月に作った。
イイダさんは今年79歳になる。57歳で早期退職したから、天下の素浪人になって22年。元の古巣へ行っても、この大カメラマンのことを知っている人はほとんどいない。私は職場を異にしていたが、居酒屋「たつみ」でよく顔を合わせることがあり、その店が廃業してからも酒席をともにすることが少なくなかった。気があったのだ。奈良出身で、関西弁がいまだに抜けきらないイイダさんとテレビの話、撮影のコツ、突撃取材の見切り方などを聞き出すのが楽しみだった。
本日、昼休みにイイダさんはやって来て、イタリアンの飯を食べながら、互いの近況を報告しあう。話題は3・11のときの福島原発のことにおよんだ。どこで入手するのか分からないが、マスメディアには流通していないような情報をイイダさんは掴んでいた。まだまだ事実はたくさん埋もれている。というか隠されている。ジャーナリズムはもっと深く掘ることをしないといけない、とイイダさんの表情が厳しくなる。
食前酒の白ワインを一杯飲んだせいか、顔が朱に染まってすっかりご機嫌のイイダさん。銀髪が美しい。イイダさんはきれいな老人だ。近年の“幼稚園”のようになったテレビについて厳しい意見を開陳する。あんたたちの責任だよと叱られている気がする。
リタイアしてからの22年間は退屈しなかったですかという質問に。「一日なんて、農業を始めたらすぐ時間が経つよ。健康への無用な心配はしない。健康診断は20年間受けていない」と師匠は生き方を伝授してくださった。
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