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また

S先輩、お疲れ様でした

森さんにどうしても会いたい、会ってS先輩のことを語らい悼みたいと願った。
昔のアドレス帳を繰って電話番号を調べた。頭に3のない3ケタの都内局番で、かけると現在使われていませんのアナウンス。たしか実家は府中にあった。一度か二度、ごはんをご馳走になりにうかがったことがあった。住所さえわかればと思い四方八方探った。ゴールデン街のスナック「一歩」のママを思い出した。将棋好きの集まる店で、沖縄出身のママを面白がって森さんがときどき通った店だ。連絡をとると親切に賀状を調べて返事をくれた。それが昨日の朝のことだ。

 夕方、早めに退社して新宿から京王線で府中に向かった。久しぶりの京王線で、準特急に乗れば30分足らずで着いた。駅前からバスに乗って明星学園前で降りて地番で森さんの住所をあたった。そこにたどりついても住んでいるか分からない。家があっても留守かもしれない。私は置手紙を作って来たので、場合によってはそれをポストにでも放り込むことになるかもしれない。薄暗くなりかけた郊外の住宅地をうろうろした。
 見覚えのない今風の個人住宅の前にたった。たしかに表札には森とある。ブザーを押す。
しばらくして「どなたですか」という懐かしい塩辛声が聞こえた。名乗ると、「ちょっと待って」といって、森さんは現れた。「おう、どうした。久しぶりだな」髭も髪もすっかり白くなって爺さんに変貌した森さんは昔どおりの人懐こい笑顔でむかえてくれた。
「S先輩が亡くなったことを知ってますか」と切り出すと、顔が緊張した。「いや知らない。いつのことだ。ちょっと立ち話ではなんだから、家に入れよ」と玄関の柵を大きく森さんは開いた。
上り込んで、座卓をはさんで向かい合った。久闊を叙すのもそこそこに、S先輩が年末に亡くなったこと、密葬だったこと、49日までは遺族はそっとしてほしいと希望していること。知っている情報を話した。一番の親友である森さんですら死を知らされていないという事実。私にはそのことが哀切に思えた。だが、森さんは穏やかに言った。「遺族がそう希望しているなら、そうしてあげていいよ。Sだってそれを望んでいるだろうよ」意外なぐらい、森さんはS先輩の死を冷静に受け止めた。享年67はあの病であれば長生きしたほうだ、ここ数年あいつとは顔を合わせる機会がなかったが、いつ死んでもそれがあいつの人生だと決めていたからと淡々と語った森さん。
「生きれば生きるほど、分からないことが増えてきたよ」と一人暮らしの身の上を重ねてS先輩との50年以上の友情について森さんは語ってくれた。

酒を飲むのは2年前からやめたが、今夜は気持ちがいいから飲もうと、府中駅前のお手軽割烹で杯を交わす。そこで聞いたS先輩の身の上。中学の頃、川崎の富士見新田という新興地に森さんは住んでいて、そこで沖縄出身のコハズさんと会った。コハズさんは秀才で英語が出来た。多摩高校へ進学して、コハズさんがS先輩と友達になり、さらに森さんともつながったということ。そのコハズさんが突然自殺したこと。S先輩のお母さんは2度目の人で、本当のお母さんは早くに腎臓を患って亡くなっていたこと。だから、遺伝で自分にも業病が襲ってくることを自覚していたこと。私の知らなかった出来事を、森さんはあれこれ初めて話してくれた。
だが酒席はけっして湿っぽくならなかった。森さんは昔から人事を超越したところがあったが、老いてますます仙人のように泰然と人生を受け止めるようになっていた。

最近はあまり人と話すことがないので、日本語と英語の練習をしているという。それぐらい人と交わらない生活が続いているということだ。
森さんは都立大を卒業して大手建設会社に入り、金を貯めてアメリカに行く準備をした。そのつもりだが、毎晩飲み続けてなかなか溜まらない。68年にやっとアーカンソーの大学へ留学。日本人が10人しかいないアメリカを体験。そこの大学院を優秀な成績で出たとき、サンディエゴの大学から声がかかり、西海岸へ行った。そこで空手指導で名をあげた。やがて、森さんを慕うアメリカ女性と結婚。娘と息子が出来た。しばらくアメリカにいたが、やがて一人で日本へ戻る。私が会ったのもその頃のこと。ときどきやって来るこどもたちと嬉しそうにしている森さんを見て、私は長女を「お母さんといっしょ」に出演させることを思いついた。日本のこどもたちに交じってスタジオに入った青い目の娘は、きょとんと体操のお兄さんの前に立っていた。あの娘さんはどうしているのかと聞くと、高校生の頃に交通事故に遭ってねと短い返事。今でも、あのおかあさんといっしょのビデオを見ると、娘の呆然と立っている姿がおかしくてねと、穏やかに森さんは笑った。
以来、ずっと一人で生きている。相変わらず、空手の練習だけは欠かさないが、やはり年には争えない。年々体がきつくなっている。自然に生きることを目標にしていると、にこにこしながら酒を飲む森さん。2合徳利が3本空いた。いささか私も酩酊した。

9時前、府中駅で別れ新宿へ出た。副都心のビル街を歩いた。風は冷たかったが、高揚していた。S先輩の死を悲しむことはない。よく生きたということを覚えておけばいい。長い間の交友有難うございましたと、大きな声でお礼を言った。


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by yamato-y | 2012-01-07 09:18 | Comments(0)
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