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30年目のヒロシマの記憶

30年目のヒロシマの記憶

 昭和49年5月、下駄ばきの老人が一枚の絵をもってNHK広島放送局の受付に現れた。原爆に遭遇したときに自分が見聞したことを絵にしたという。何かの裏紙と思われる用紙にボールペンで川に架かる橋を中心に周囲の悲惨な状況が描かれ、「昭和20年8月6日午後4時頃・萬代橋附近の状況」という題が描きこまれてあった。当時、連続テレビドラマで「鳩子の海」が放映されていて、老人はそれを見て思い起こして絵を描いたという。そのドラマの主人公は原爆で記憶をなくした少女だった。
 老人は原爆が投下されて数時間後、中学生だった息子を探しに川まで来たときにある光景を目撃した。「今もまぶたから離れない。どうしても死ぬまでに描き残したい」そんな思いで描いた絵をもって77歳のその人は放送局を訪れたのだ。

 その絵を見た入社4年目の原田豊彦ディレクターは絵の異様な迫力に引き込まれた。学校を出て以来絵など描いたこともないその人が描いた絵。30年経た今もまぶたに焼き付いたまま離れることがない被爆体験。絵にするのももどかしく説明の字が画面のあちこちに加えられていた。
 原田は先輩の椎野に絵を見せると、「もっと他にも描きたい人がいるのじゃないか」というアドバイスが返って来た。この啓示のような言葉が原田を前に押す。専門家である画家四国五郎に絵を見せて、このような絵を募集したいがと相談した。すると、四国は「記憶をいかに絵にするか、絵でうまく描けないところは、文字で書けばよい。場所名や数や、音や、自分が感じたことなどは、文字で補足すればよい・・・これは絵画作品ではない。これは形と色と文字や地図やあらゆる方法を使い記憶を誰の目にも見えるようにする平和のための証言」と語って、その趣旨に賛同を表した。募集の告知放送が始まった。

 数日後、原田は15分のローカル放送『届けられた1枚の絵』にまとめた。放送されると、山が動いた。続々と「市民が描いた原爆の絵」が届いた。名状しがたい迫力と臨場感を持って描かれた、被爆の記憶、惨劇。絵の巧拙など関係がない。画用紙、カレンダー、広告の裏紙、などあらゆる“紙”に鉛筆、クレヨン、絵具、マジックなどさまざまな画材で彩色され、説明の字句があちこちに飛び交った絵がおびただしい数で押し寄せてきた。2年にわたって届けられた市民の絵は2200枚にのぼる。

 このときの体験を原田氏にインタビューした。現在、NHK学園の理事長になっている原田さんは少しも番組への情熱が衰えていない。当時の番組を作りつづけた熱い思いを1時間半にわたって吐露していただいた。
 最後に私は意地悪く、「絵を通してヒロシマのことを伝えたい、少しでも残したいという広島市民の気持ちというのは、きれいごとすぎませんか。こんなひどい目にあった、苦労したということを誇示したいという意識が混じっていませんかね」と質問すると――
「2200枚の絵のなかに、かなりの数で『合掌』『合掌念仏』という文言がありました。広島市民の多くは安芸門徒です。みな鎮魂の思いでした。死者を供養したいという気持ちであの絵を描いたのです」原田さんはまっすぐ私の目を見ながら言い切った。誠実なジャーナリストであることを感じた。こういう人が仲間にいることを誇らしく思った。

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by yamato-y | 2011-12-20 09:37 | Comments(0)
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