徳兵衛の悲哀
先日放送した杉本文楽「曾根崎心中」の作り直しを現在行っている。週末はその番組の試写で追われた。土曜日は3回、日曜日は2回、計5回繰り返して、昨夜7時ごろあがった。
前に発表したのはETV特集の枠で、杉本博司という現代美術家が人形浄瑠璃文楽に挑むという90分ドキュメンタリーの体裁をとった。とても評判が良かったので、文楽そのものをもっと外国人向けに紹介できないかという声があがってきて国際放送で、この杉本文楽を見せることになったのだ。放送は12月30日で50分の特集となる。番組の5分の4は文楽の舞台。残りの5分の1で杉本博司のことや文楽の仕組みなどを説明する。つまり10分ほどでこの話題の舞台を紹介するという荒業が求められている。担当の若いディレクターと2日にわたってその直し作業にあたったというわけだ。
「曾根崎心中」の全編を見た。プロローグの「観音廻り」だけは江戸時代の大阪の素養がないとなかなかついていけないが、本編そのものはとてもよくできたメロドラマであることに感じ入った。醤油屋の手代徳兵衛が友人の九平次に金を用立ててやったが、九平次はそんな事実はないと開き直り、おまけに徳兵衛を仲間と寄ってたかって制裁する。この不条理な発端が物語の駆動力になって、最後の心中まで疾走していく。その手際のうまいこと。とても300年前の出来事、芝居とは思えない。
この芝居を見て、当時の大阪っこたちは涙を流し、心中という最終行為に憧れ真似たという。おそらく封建の世を生きていくうえで遭遇する「辛さ」はけっして稀なことではなく、みな身につまされたのだろう。
「生玉の段」「天満屋の段」と芝居が進行していくにつれ、人形はまるで人格をもっているかのように見えてくる。これを操る吉田蓑助、桐竹勘十郎の姿がだんだん消えていくのだ。恐るべき芸の力。
たしかに普段の文楽の書き割りの華やかなスタティックな舞台と違って、神奈川芸術劇場の奥行きのある“暗い”舞台によって人形の凄味が一段と冴える。
この美しさを杉本は表したかったのだ。天満屋を脱走して、心中を果たす曾根崎の森をめざす徳兵衛とお初。その蒼ざめた美しさ・・・。本来、この芝居の主人公は遊女お初だろうが、私には蓑助の演じる徳兵衛の葛藤がひときわ光ってみえた。
さて、残念なことに、今制作している番組は日本国内では見ることができない。海外の日本施設や公館、ホテルなどでしか流れない。しかも英語訳の番組となる。外国の人たちはこの芝居をどんなふうに見てくれるだろうか。ちょっと楽しみだ。
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