冬の眩い光
裏のケヤキの裸木にやって来る冬鳥の声におどろいて目が覚めた。すると、ベッドの周りに黄金の光が満ちていた。朝の眩(まばゆ)い光が差し込んでいる。溢れるような光の粒。
これと同じ光を見たことがある。
もう8年か10年も前の冬であったろうか。イタリア、アッシジの修道院の裏庭で出会ったのだ。あのときの時刻は今朝よりもっと早く6時過ぎだったか。紫いろの明け方の闇が、いっぺんに開けたかと思うと、光の粒でそこここであふれかえっていた。
光というのは、暑いときより寒いときのほうが大きくなるのだと、そのとき知った。
昨夜は遅くまで映画「ファイター」を見ていた。オスカーか何か大きな賞を獲ったと評判の映画だったから参考にとみることにした。拳闘の選手の物語と聞いて、おおよそ物語が予想できたが、ほぼそのとおりだったから、興趣は深くない。手堅い芝居ではあるが、これが受賞対象になるほどの作品かなというのが正直な感想だ。
1時過ぎまで見ていたから今朝は眠い。瞑想を20分するのがなかなか貫徹せず往生した。
今朝は10時までに出社することになっている。美術番組のプロデューサーと朝いちばんの打ち合わせが入っているのだ。午後は3時に東銀座で映画関係者と打ち合わせと、少し忙しい日となる。夕方には、現在制作中の海外放送用の「曾根崎心中」50分版のチェックとなる。いざ、出陣。
9時過ぎ、渋谷駅前。おおぜいの出勤する人たちがいる。センター街をぬけて東急ハンズの脇から放送センター西口に出る。並木の銀杏はまだ青い。なかに美しい黄色もある。与謝野晶子の木の葉の短歌を思うが、なかなか言葉が出てこない。小鳥のような落ち葉が丘に降るという歌だった。
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