人生の午後、「ちぎれ雲」その後
このブログも始めて5年ほどになるだろうか。書いた記事も3000件を超えた。
モノグサであることと照れ臭いこともあって、いただいたコメントにきちんと応答しないからそれほどご意見をもらうわけではないが、それでも相応に入ってくる。ロングテール現象が起きる。ずっと昔に書いた記事にコメントが付いてくることが起きるのだ。
一番多いのが、愛唱歌「ちぎれ雲」への反響だ。見ず知らずの方から、この歌が懐かしいとかずっと探していたとかの声が1年に一度ほどの割合で入ってくる。おそらく私と同世代だと思われる。この歌を覚えたのが19歳の春だったから44年前の思い出を引き連れてやって来る。コメントを寄せていただく方もその当時の「青春」をリマインドしておられるのだろう。お気持ちはよく分かる。
が、ときどき「ちぎれ雲」の音源はないのかと尋ねられるのだが、それは現在手元にはない。ブログに書いた4年前にはカセットテープであったが、その後書斎のどこかに消えたか会社の机に埋もれたかしてしまった。仕方なく、風呂場のエコーを利用して口ずさんで自分で慰めている。
「ちぎれ雲」を思い出して無性に懐かしく思えた50代。それから時がまた流れて懐メロを懐かしく思うステージに、私も入ったというわけだ。人生の午後3時半くらいか。あと1年で完全退職。そこが夕焼けチャイムの午後5時だとすると、最後の明るさが残っている時代か。
昨日、完全退職して2年になるTさんが来た。松涛美術館まで来たから声をかけたという。芹沢銈介展を見てきたらしい。あの美術展は60歳以上は無料だから高齢者には助かると殊勝なことをTさんはノタマウではないか。現役の頃は美味しいものをさんざん食べ歩いていたキリギリスのTさんがアリのような実直なことを言う。そう冷やかしたら、「いや、今や老人優待パスで移動する身だからね」とますます健気なことを呟くから、笑をこらえるのが辛かった。
ちょうど時分どきだったから、「何か食べましょう。なにが食べたいですか」と聞くと、「ちゃーめん」としっかり自分の意志を表明。センター街交番横の台湾料理屋に入った。
「渋谷に来ると、食べたいものはここの炒麺か、増田屋のライスカレーぐらいだね」とまたまたツマシイことをTさんは発するものだから、何を言っているの、さんざん贅沢をこれまでしてきたくせにと悪態をついた。すると。
「いやあ、今の僕は質素だよ。どこへ行くのだって青春18切符だから」とますます倹約家のふりをする。呆れた。
Tさんは今自伝を執筆している。ある出版社から依頼されたのだがまもなく脱稿するらしい。名文家の誉れ高いTさんの文章を早く読みたい。きっとTさんのことだからそこかしこにユーモアが配置されているにちがいない。
その自伝は、私がTさんの58歳退職祝いに贈った言葉から始まるそうだ。何を言ったか忘れてしまったが、それを聞いていささか身震いした。嫌な予感がする。
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