風はどこへ
お彼岸の連休3日のうち2日は編集作業に奪われた。
10月17日放送の「速水御舟」の仕上げに入っているのだ。彼の大正14年の名作「炎舞」にまつわるエピソードを紡いでいる。これは現在山種美術館に所蔵されていて人気の高い作品だ。紅蓮の炎が燃え上がり、その先端に5匹の蛾が群れているという幻想的な絵、「炎舞」。重文に指定されている。この絵が描かれた2年前の大正12年に、関東大震災が発生し大正ロマンはことごとく破壊され、人事はすべてが無に帰すことになる。この惨事の真っただ中に御舟はいた。
当日、上野の美術館にあって院展の見学に行っていた御舟は、遭難するや、自宅がある目黒を目指して同行の義兄と歩いた。彼はその2年前に電車事故で片足を切断し義足という身の上である。品川まで歩いて、そこで自宅に電話をかけて家族の無事を知るや、御舟はひとりスケッチブックをもって阿鼻叫喚の炎都に飛び込んでいく。どこを彷徨したか詳らかではない。一説には2,3日帰って来なかったという。大川でおびただしい焼死体も目にしたようだ。そして、目黒長者丸の家に現れたときには疲れ切ってぼろぼろになった状態になっていた。一息ついで家人に語った出来事はまさに往生要集の世界であったと孫の吉田氏が証言する。
御舟はスケッチブックにたくさんの惨状を描いたのだが、現在2枚しか作品は残っていない。昭和10年ごろ、御舟が亡くなる直前にかなり作品を処分したといわれ、おそらく震災のスケッチもそのときに消えたと推測される。なぜ、未曾有の体験を描いた作品を廃したのだろうか・・・・・。
残された2枚の絵は意外にも静謐な風景だ。鎮火したあとの廃墟を描いたもので、そこには人影も炎も旋風もない。燃え残ったビルの廃屋があるのみ。色鉛筆で着色したような淡い色合いだが、画家の松井冬子さんは筆の圧力に尋常でないものがあることを、見抜いた。
松井さんは現代日本画家を代表する若手のひとりだが、己を信じて独歩した御舟を長く尊敬、研究してきた。その縁もあって、今回の番組でもコメンテーターとして、茅ケ崎のアトリエ、「炎舞」を描いた軽井沢へと旅をしてもらった。
御舟が「炎舞」を描いた夏に合わせて、同じ場所で今回たき火をして、松井さんに立ち会ってもらった。そこで彼女は何を感じていくか、番組をご覧いただきたい。
それにしても、昭和初年に御舟が親しんだ画室が今も残っていることは驚きであった。
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