去りゆく人にしあわせを
東山魁夷のアートドキュメントで知った言葉。「歩み入る人にやすらぎを、去りゆく人にしあわせを」。
ドイツ、ローテンブルグの南の門に刻まれている言葉だそうだ。心に残った。
この町はあの戦争のとき、連合国軍によって徹底的に空襲破壊されたが、その後元通りに復元された“奇跡”の町だ。
ここの入り口出口の門に、前述の言葉が刻まれている。おそらく中世からあったのだろう。
対語になっているが、私には後者の「去りゆく人にしあわせを」が心に残った。
昨日は、思い立ったようにして甲州へ出かけた。あずさ2号で甲府盆地を行くと、南アルプスの山容が気高く美しかった。山並みの上空にある夏空はかぎりなく澄んでいた。長く生きるということは、別れもまた多くなるということをしみじみ実感する。だから会えるうちに会っておきたい。体が動くうちに行動を起こしておきたい。
私の「懐かしい」という感情はセンチメンタルなものだが、大江健三郎さんの「懐かしさ」はもっと本源的なものだ。その差は知っているが、それでも同じような気持ちが流れていると強引に自分にひきつけて、この言葉をよしとする。
去りゆく人にしあわせを、というと青春の頃に愛唱した「忘れな草をあなたに」の一節であるかのようなあまやかな響きがある。いつまでも覚えておいてほしいからというフレーズに続いて、忘れな草をあなたにという詩だった。ローテンブルグの町を去ってゆく旅人に名残の言葉をかける、その心根。忘れちゃあ嫌だよ、きまぐれカラスさん。
中央線往復のあいだ読み続けた、鴨下信一さんの『名文探偵、向田邦子の謎を解く』はめっぽう面白かった。これほど深い同志愛に満ちた向田論を知らない。車内放送がまもなく八王子と告げたので、目をあげると、懐かしい関東平野が夕暮れのなかにあった。
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