麦秋(ばくしゅう)



麦秋や書架にあまりし文庫本 安住敦
麦は春になると熟しはじめ、五月下旬に刈り入れとなる。
だから、初夏の日差しになるこのごろから、麦の秋と呼ばれる。
麦の穂は風が似合う。汗ばむ季節特有の微風が吹くと
麦が揺れる。さやらさやらと揺れる。ゴッホの麦畑と違って日本の麦秋は明るい。
この風景が、私の中でしっかとあるのは、やはり小津安二郎の名画「麦秋」の
ラストカットのせいだろう。
婚期を失した娘の結婚が決まり、老親は故郷大和にかえっていくことを
告げて映画の物語が終わる。その余情を示す映像こそ麦秋の大和だ。
風が吹く度、さやらさやらと麦が揺れる。はるか遠くに古民家が見える。
熟れ麦の息する風と思ひけり 木下夕爾
おそらく小津のことだから娘の婚姻と家族の解体という両義的な
意味合いをこめて、このタイトルを選んだのではないだろうか。
小津の日記に、放庵の好きな和歌が残されている。
老ひぬれば命のうちにいくたびの春ぞと思ふ春ゆかんとす
先日、ふるさとへ戻るとすっかり麦の秋だった。
休日、見晴るかす麦畑の中を名刹西福寺に向かって3里近く歩いた。
雲雀が鳴いて、まるで野崎参りの舞台のような光景が続いた。
明るい日差しの中、不思議に去来するのは死者のことばかりだった。
麦秋のなか独りゆく西福寺
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