北国の祈りの木
オノヨーコさんとノルウェーに行ったことがある。
ベルゲンという古い港町だ。そこで、1999年夏にオノさんの大回顧展が開かれた。
その記念式典に参加するオノさんに同行して、私は「世界わが心の旅、北国の祈りの木」
というドキュメンタリーを作った。
オノさんは元来前衛アーティストとして、戦後早くから注目されていた人だ。
そのアート作品を一同に集めて展覧会が開かれる。今までになく規模の大きいものだという触れ込みだ。
ベルゲン市の美術館館長がオノさんの古くからの友人で、オノさんの仕事を早くから
評価していたこともあって、オノさんはこの展覧会に応じたのだ。
このノルウェー行きの話は私の元に、突然飛び込んできた。
ひょっとすると、オノヨーコの素顔が撮れるかもしれないという情報だ。
すぐ私はニューヨーク、ダコダハウスにオノさんを訪ね出演交渉し、了解を得ることに成功した。
この交渉についてはいずれ稿を改めて書こう。とにかく伝説のダコタハウスに私は足を踏み入れたのだ。
北国のベルゲンは、夏とはいえ雨がふれば肌寒い気候となる。空は限りなく高く
海はどこまでも青かった。そこの美術館には異例の数の客が詰め掛けた。
ヨーコの一環した主題は「愛と平和(LOVE and PEACE)」だ。
作品のひとつに「虫かごの部屋」があった。白い何もない部屋に上から無数の虫かごが
ぶら下がっているだけ。かごの中はからっぽだ。かごの底を見ると、「1914・セルビア」
「1945.広島」とある。歴史的事件の地で悲劇が起きる直前まで鳴いていた虫を入れたかごなのだ。その悲劇のため虫も殺され、かごの主は不在となっていることを、その
沢山のかごは示している、彼女は私にそう説明した。口調はやさしいが目は鋭い。

かごの一つに「1980・12・8 ジョン」というのがあった。ジョン・レノンの
虫かごだ。彼女は旅の途中折に触れて、ジョンのこと、その思い出を語っていた。
まさにベターハーフなのだ。

この虫かごでも分かるように、日本的なことがヨーコの心を深く捉えている。
バレストランドという小さな町では、会場の前に一本の木を立たせ、そこに客の
願いや祈りを書いたカードをくくりつけさせた。彼女の得意なパフォーマンスだ。
これは、まさに七夕の手法ではないか。ヨーコは日本で過ごした少女時代を
とても大切にしていることを、私は感じた。
その祈りの木の前で、最後のインタビューをした。
「一人の英雄が祈るのではありません。今の時代は一人一人が英雄になって
みんなで祈るのだ。そうすれば、世界は変わるのです。」
* *
ヨーコは肩こりがひどい。あまりしんどそうなので、揉んであげましょうかと
私が声をかけると、ぜひと肩を差し出した。
終わった後、やはり日本人の肩揉みは違うわねえと、うれしそうに礼を言って、
首をコキコキ回した。
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