変わる作品
会社の玄関で、衛星映画劇場の渡辺支配人に会った。「お久しぶり。元気そうじゃないですか」とおだてられたので、お返しに「山田洋次監督の邦画100選の発想はいいですね」と褒め称えた。この4月からBSプレミアムの目玉番組となっている映画劇場の新趣向のこと。巨匠、山田監督が推薦する映画100本を2011年度のなかで紹介していこうというものだ。
そのリストを見ると、名作といわれる「東京物語」「二十四の瞳」などは定番が入っているのはもちろんだが、「めし」とか「若者たち」「トウキョウソナタ」などはなかなかテレビ放映されない作品がいくつもある。山田監督の眼力と意外な好みを見た思いがする。
快活に笑っていた渡辺支配人が、声を潜めた。「だけど一方で、監督は今悩んでいるようですよ。80歳となった今年、撮ろうとしていた『東京家族』がちょっと暗礁に乗り上げたんですよ」
今回起きた東日本大震災の起きた意味を考えていかなければならない。それを作品に反映できないと、映画としては不十分ではないかと監督は自問したという。撮っている映画の作り変えを監督は悩んでいるそうだ。
詳細は知らないが、「東京家族」は小津監督「東京物語」のオマージュのような家族の物語を目指していたのだ。ところが、この天災と人災によって、日本の家族像が少し変わったと、監督は感じた。従前の台本のままでは、今という時代に向き合った作品には成りえない、書き直す必要があると、監督は危機感をもったのだ。
そういえば、阪神淡路大震災が起きたときも、フーテンの寅さんは被災地神戸に乗り込んでボランティアに参加するという物語になっていたが、あれも予想外の展開として変更して作り変えたのではないだろうか。あのときも、すぐに時代状況を取り込んで、映画を監督は作っていたのだろう。実は、寅さんシリーズは人情ドラマだけでなく昭和を記録した優れたドキュメンタリーでもある。敬愛する先輩が、いつも寅さんの描く時代をチェックしておけと言っていたことを思い出す。
ドキュメンタリーの骨法の一つに、変容ということがある。現実を撮影取材していると、当初予想していたことと違う事態が発生することが多々ある。そのとき、所期の構成にこだわって、最初のねらい目どおりに取材しようとすると、たいがい番組は沈没する。
発生してきた事態に取材を合わせていくことが、番組を生き生きとしたものにするのだ。
これは言うは易く、行う難しだ。簡単に路線は変更できない。経済的にも日程的にも。だが、そんなときでも、思い切って振り切ることがどれほど大切か。
80歳という高齢にも関わらず、山田監督のこのナイーブで柔らかい精神に圧倒される、とともに軽く嫉妬する。
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