狂気の道を生き延びる
重い閉塞感が続いている。われ等の祖先は原子力などというものを持たずに“狩猟”を生業にして生きてきた。その時代を懐かしいと言うか。はたまたこの文明を看過してきたこと、自業自得と首をうな垂れるか。
空には春の雲がのんびり浮かんでいる。花の便りも聞こえてくる。道行く人にも笑顔がある。誰も表立って慌てたりしていない。穏やかだ。不思議な風景だ。
大江さんの初期の小説「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」は、オーデンの同名の詩集から引用したものだ。原文はO teach us to outgrow our madness。これを上のように訳したのは深瀬基寛だ。
普通、outgrowは脱却するとか要らなくなるという具合に使われるのだが、深瀬は生き延びるとした。現代文明の光は消え去る危機にあり、まさに狂気の一歩手前に、われ等は在る。正気を保ちつつ生き延びること――。
オーデンの詩もさりながら、深瀬の独特の訳に大江さんは引かれていて、自分の小説のタイトルにこの詩の言葉を使ったと聞く。その深瀬独特の響きを味わいつつ、幾度も口にしてみる。「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」
だが、大江さんが折りにふれて用いるもう一つの言葉も同時に響いてくる。
――抵抗しながら滅びようではないか。
フランスのセナンクールの言葉だ。もう少し詳しく記すと。
「人間は所詮滅びるかもしれず、残されたものは虚無だけかもしれない。しかし抵抗しながら滅びようではないか。そして、そうなるのは正しいことではないと言うようにしよう。」
何かせつないものがこみ上げてくる。
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