
気比の松原
敦賀は三方を山に囲まれた港だ。背後の山は深い。泉鏡花の「高野聖」の舞台になった地である。
みやこから来ると最初の難所になろう。往昔、愛開(あらち)の関があった。
私が小学生だった頃、山越えのため北陸線はスイッチバックの線路だった。
一番高い山は野坂山で千メートル弱ある。朝な夕なにながめた。あの山の向こうへ行きたいと
こがれた。
救いは海だった。日本海が目の前にあった。
敦賀湾の遥か先は朝鮮半島となる。古来、大陸との交渉の窓となる。
気比の松原という美しい松原がある。文字通り白砂青松だ。高浜虚子も詠んでいる。
松原の続く限りや秋の空
ここを描いた水上勉の自伝的短編「気比の松原」がある。
主人公の男は東京からの帰り、列車の時間を待つ間娘を連れてこの松原に来た。
季節外れの浜には誰もいない。高い空のもと、静かに浪が打ち寄せるだけ。
男は妻に逃げられた。娘をかかえてでは仕事ができない。若狭の実家に娘を預けることにした。
男は娘を置いた後、再び東京へ戻って働くつもりだ。
娘と過ごす最後の時間・・・。男の気は重い。
何も知らない娘は汀ではしゃいで駆けている。男は砂山に腰を下ろしてみている。
娘はこちらを向いて手を振る。応えて男もまた手を振る。
おとこの傍らには娘が脱いだ月星印のズックが1足ちょこんとある。
水上の筆は、この広大な天地でときを過ごす父と娘の時間を淡々と描く。
太平洋と違って、日本海はなぜか悲しい物語が似合う。
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