
帰郷
京都の帰りに敦賀へ寄った。80歳になる母がひとりで暮らしている。
大学へ行ったついでに帰ることが数少ない親孝行だと思っている。
母は私が帰ると、いそいそと食事の支度をする。
普段、塩分は控えめにしている私だが、ここでは解除される。
内緒だよといいながら、嬉しそうに「へしこ」を焼く。いわしの糠漬で
昔からの保存食だ。塩分たっぷりの糠が焼けて香ばしく、へしこの
一切れでごはんが何杯も進むほどだ。
昔から、北陸人はこういう食生活をしてきたため、血圧が高く脳
卒中で若死にしたんだろう。
私にもその血が流れていて、10年前脳内出血を発症し生死の境を
さ迷った。だが、のど元過ぎれば何とやらで、目の前に好物を見せられれば
つい、手が出てしまう。これだけ生きられたら上出来やと、言って母は
新しい飯を炊く。
母は耳が遠くなった。少し猫背だが腰も曲がらず、身奇麗にしている。
外へ出ると、おばあちゃんと呼ばれるが、私から見ると昔のままの
母で、話のやりとりもしっかりしている。
その母の楽しみは短歌だ。『信徒の友』の歌壇とNHK短歌へ、
毎月投稿している。選ばれた歌を私に見せることが唯一の自慢だ。
明日のこと思ひわずらうなのみ言葉を思ひつつこの夜も風の音を聞く
母の京なまりを聞きながら、熱燗を傾けているとトロリとしてくる。
さあ、寝るかと声をかけると、母は誰かがそばにいると眠りが深くなる
からいいと嬉しそうに押入れから夜具を運んでくる。
複雑な思いだ。
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