マルガリータの飲み方
レベッカ・ブラウンの『若かった日々』を昨夜購入し、湘南ライナーの乗車中いっきに読んだ。以前、この人の『家庭の医学』というのを読んだときはそれほどとは思わなかったが、今回手にした作品は自伝的な要素もあるせいか、表現がきわめて微細で心を鷲づかみされてしまった。微細というのは詳しいということとデリケートということを合わせもっているという意味で。
迂闊にも著者は村上春樹や柴田元幸のような中年の男性だと思っていた。女性作家とは頭のなかになかった。レベッカという名前から、そんなことは自明のはずだが、馬鹿げたことに私はブラウンばかりに目を奪われ、アメリカの都会派の中年男性ライターと思い込んでいた。レベッカの幼年時代の思い出話は、まったく少年の物語として私は受け取っており、しかも違和感がまったくなかった。
で、『若かった日々』のなかの「ナンシー・ブース、あなたがどこにいるにせよ」を読むうち、ガートルード・スタインの名前が出てきたとき、ふと著者は女性でレスビアンだと気づいたのだ。ガートルードの名前はピカソの伝記を読んだとき女傑としての彼女の名前が鮮やかに残っていたからだ。 女性だと気づいて、作品が嫌だということではない。でも、あまりに爽やかな幼年期は、ガーリッシュというよりボーイッシュと呼びたい。これは私の偏見だろうか。
母と離婚して出ていった父親の話がでてくる。彼から酒の造り方を習ったという話だ。ハイボール、スクリュードライバー、ピンクレディ、サイドカー、マルガリータ、ブラディアレクサンダーなどなど。
ここを読んでいて、バークレーのバーを思い出した。西海岸のUCバークレーのある町だ。樹齢千年以上のメタセコイアの木が何本もある町。かつてレジデンスライターとして、大江さんは半年間滞在したことがある。そこで広島について思索を重ねたことがあるということで、私は大江さんといっしょにロケに出かけた。今から20年も前のことだ。東海岸のロケを終えて、夜にサンフランシスコ空港に到着し、バークレーのホテルに入ったときは11時を回っていた。スタッフも疲れていたので、簡単なミーティングを終えて解散した。
高ぶっていた私はすぐにベッドに入ることもできず、フロントの脇にあるバーに行った。カウンターに坐って何を注文しようかなと思っていると、大江さんも来た。にこにこ笑いながら、「一杯やりますか」と部屋の鍵をカウンターの上に置いた。
この大作家とサシで酒を飲むことになるとはと、私は緊張した。
「この町の名物のお酒はね、マルガリータですよ」。昔、この町に住んでいるときに、大学の同僚から教えてもらったことがあると、大江さんは語る。メキシコが近いからじゃないかと推測もする。バーテンダーにマルガリータを2つ注文した。
グラスの縁にうっすらと付いた塩を指でそっとはがして大江さんは舐めた。それからマルガリータ酒をくいっと飲んだ。「これが地元の人の飲み方だそうですよ」と、私に薀蓄を披露した。
あのとき、私はマルガリータ2杯で酔った。何を話したかはっきりと覚えていない。ただ、このときとばかりにサインを書いてもらった。紙がないからということで、マルガリータを載せたコースターの裏側に大江さんはサインとともに小さな文章を記してくれた。これは、今大磯の私の部屋の書棚にある。
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