夕凪の町が恋しくて
広島を離れて、かれこれ16年か。ついこの間だと思っていたが、月日が経つのは早い。
あの頃、小学1年生であった娘がいまや社会人だ。よく、夕方には二人で、太田川の放水路の土手を散歩した。私は歩きで、娘は覚えたての自転車に乗って。夕凪で、風がぴたりと止まって、身じろぎもしない釣り人たちの列がどこまでも続いた。
水路の先端まで行くと、対岸に瀬戸の小島がいくつか見えた。夕焼けの大きな空があった。
昨日、沼袋の駅前の喫茶店で、こうの史代さんと打ち合わせをした。「夕凪の町・桜の国」の作者だ。大学2年まで広島に住んでいたから、言葉の端になんとなく広島の匂いがする。話していると、懐かしい思いがある。
「こうのさんの漫画って、一度読んだだけでは分からないところがありますね」などと、失礼なことをつい言った。
「そうです。だから、前のページにもどったりするでしょ。私、漫画というのはそれでいいと思っています。すらすら読んでほしくないから、行きつ戻りつするのが、漫画の読み方かな」
勇気づけられる言葉だ。帰りに、また「夕凪の町・桜の国」を購入して、コーヒーショップに入り込んで読みふけった。何度読んでもいい。扉を開いて、見開きの大きな画。昭和30年の広島平和大橋に腰掛けてウクレレを弾く皆実。満天の星。傍らの土手の道は遠く伸びて、原爆スラムの家並みがあって、さらに先に元安橋や原爆ドームのシルエットが見える。
今は区画整理されて、ビルが建ち並ぶ風景に変わっている。そのビルのひとつが私が勤務していた放送局だ。だから、若干画の風景と異なる部分があるものの私にとってもなじみの深い光景だ。それが見開きに描かれていた。
この懐かしい画に導かれて、第1部夕凪の町を読む。そのラスト。白いコマが続く主人公皆実の臨終の場面。動かず音もない漫画だが、皆実の声が聞こえる。荘厳な思いに包まれる。幾度読んでもそういう思いになる。
〈ああ、風・・・・ 夕凪が終わったんかねえ〉
こうのさんは、今日の打ち合わせで言っていた。「何度でも読んでもらえる漫画を描きたいのです」
その通りの作品だ、「夕凪の町・桜の国」は。
来られた記念に下のランキングをクリックして行ってくれませんか
人気blogランキング