こんなことで死ねるか(同年3人)
昨夜。討ち入りの酒を飲んでほろ酔いで山手線に乗ると、目の前にKさんがいた。制作会社の社長で私と同年の人だ。さっそく新年の挨拶を交わし、久闊を叙した。偶然で思いがけない出会いだ。
昨今、不況の風は厳しいが、いよいよテレビ業界にも吹いてきた。まったくどこもかしこも不景気な話ばかり。Kさんの経営する会社もリストラを始めている。3Dの技術を生かした生き残りを模索している最中だと、近況を教えてくれた。話は横沢しょうさんの盛大な葬儀になった。73歳の死は今時早いと言いながら、それでも長生きがいいとはいえないから良かったですねと、髭に白いものが混じるKさんに私は同意をもとめると、Kさんは言下に否定した。「いやあ、早すぎますよ。あと10年は生き残ってほしかったですね」という私には意外な返事。
60の坂を越えたあたりから、私などは死ぬことは遠くないものと考えてきたが、同年のKさんはそうでもないらしい。「73どころか60代でお仕舞いも悪くないと思うけど」と私がつぶやくと、温厚なKさんは「こんなことではまだ死ねない。何かを達成したという実感がないですから」といささか色をなして反論するではないか。
そこで意地悪く聞いた。「何をやりたいというわけ。これからどうしたいというのか」
映画、テレビの撮影を中心に35年余り活動してきたKさんに、これ以上何を望むか尋ねたのだ。「まだまだ、です。まだ作ったという実感をもつ作品と出会っていませんから」
普段穏やかなKさんとは思えない強い自己主張に少し驚いた。
昨夜の討ち入りの酒というのは、5月放送予定の「杉本博司」の番組のことだ。世界的なアーチスト杉本博司さんのドキュメンタリー企画がほぼオーソライズされたということで、スタッフ一同で始動祝いの酒を飲んだのだ。杉本さんも私と同年の63歳。ニューヨークを本拠地にして世界をまたに架ける美術家だ。今週、横浜の芸術文化センターの杮落としでお会いしたが、Kさんと同じような白髪5分刈りの温厚な人物だった。下世話に言えば、ウン千万円という高額の作品を製作し、世界の美術愛好家からリスペクトされている人とは思えないぐらい謙虚な方であった。
その杉本さんが今度文楽に挑戦する。近松の名作「曽根崎心中」のオリジナル版に挑むのだ。演ずるのは人間国宝吉田蓑助師匠、桐竹勘十郎師匠、そして三味線があの人間国宝鶴澤清治さん。この話を聞いたときから、これを記録せねばどうすると自分に言い聞かせてきた。むろん文楽には素人の杉本さんだが、これまで能をいくつも演出しているうえ、古美術、古典芸能にめっぽう強いと来るから、その演出に期待は大いに高まっている。3月下旬に本番舞台をむかえることになる。
同年の杉本さんはまだいろいろなことに挑戦しようとしている。けっして自分の製作活動が完成されたとは思っていない。これまでもシオラマシリーズ、海景シリーズ、といくつも新しい境地を切り開いてきて、まだこれからも幾十年も活動していこうと考えている(らしい)。私が新幹線移動するのと同じ感覚で、ジェット機で欧米を駆け巡り、次々に新しい挑戦を果たしている。
同じ63歳。それぞれの生き方。寒風の目黒通りを歩きながら、自分の行く末を思った。一番、私が後ろ向きな生き方をしていると。昔なら反省しきりのところだが、そうはならない。意地の悪い、内面の声が囁く。(だから、どうしたんだ)
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