早朝出勤して
本日、女性ナレーターのコメント入れ作業で、スタッフは昨夜から徹夜している。
4日も5日もテッペンを越えて、さすがに60代の身としてはしんどいから、昨夜の徹夜は抜けた。40代のディレクター、20代のアシスタント、加えて50代のプロデューサーとあれば、ここは後ろに下がって見守るのが賢明。かつ健康にもいい。などと、自分に言い訳して昨夜は9時過ぎには帰宅した。
だが、本日の大事な本番を考えると、じっとしておられず、9時前に出勤した。オフィスには誰もいない。スタッフの居室をのぞくと、Dが一人パソコンを打っていた。やはり、完徹したようだ。連日の激務で少し疲れている。今日の山場を乗り切ると、少し目処がつくはず。頑張ってほしい。
11時から、ナレーション録音(ナレ録り)。それまで所在がなく、三浦哲郎の最新作『師・井伏鱒二の思い出』を読む。三浦は昨年夏死去した。『忍ぶ川』で知られるが、短編の名手だ。平易な文体で読みやすい。この本も実にすらすらと読み通すことが出来た。わずか30分で3分の2、100ページを越えた。正確な表現に加えて、井伏のエピソードが実に“上品”でそのひととなりを彷彿とさせるのだ。私も一度清水町の自宅で井伏に面会したことがあるから、あのときの風貌を思い出しながら読んだ。
意外にも(意外ではないかもしれない)、井伏は中野重治と懇意であったようだ。互いに尊敬する仲と思われる。この二人がある文壇のパーティで出会った様子を、三浦が書いている。その両者の佇まいが実にいい。この出来事は、三浦は他でも書いていて、それは「笑顔」という随筆になっているそうだ。今度、図書館でも行って探そう。
三浦は八戸の人で、その郷里に井伏を連れて行ったことが出てくる。久慈街道の旅という主題で井伏が書いていたときのことだ。道すがら、井伏は三浦に「このあたりは、稗を食べるか粟を食べるか」と聞くと、三浦は知らないと答えた。郷里の穀類ぐらいは知っておくべきだと諭したとある。井伏の観察眼というか取材ポイントが分かって面白い。
このごろの新しい小説の薄いのは、そういうアトモスフィアとかヒストリーが描かれていないからかなと思った。むしろ漫画のほうが深い。こうの史代の呉の描き方などは、井伏のそれと匹敵すると言ったら言いすぎか。こうのも井伏も広島の人だ。ただし、こうのは芸州、井伏は備中の人だ。
話を戻すが、三浦の文章を読んでいて、東北が恋しくなった。雪の津軽路や南部路はいい。先年、会社に向かう途中、気が変わって北上線の和賀まで行ったことがあった。雪の季節だ。ふらりと出かけたから、夜になって宿もなく、山奥の温泉場まで行った。その宿で、夜中に窓を開けて、しんしんと降る雪を眺めた。「忍ぶ川」のなかにそんな場面があったことを、今思い出した。あのとき芝居がかったことをやったのは、この小説の影響だったのかもしれない。
今年になって、北陸や東北では雪が多いと伝えられる。敦賀の実家の屋根は大丈夫かと気にもなるが、東北の雪の無人駅も捨てがたい。どこかへ行きたい。夜の雪道を歩いてみたい。
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