不思議な夢
6時半に眼が覚めた。白い朝の光のなかでさきほど見た夢のことを思い出し味わっていた。
昭和30年代の東京郊外、たとえば三鷹のような町に私たち一家は一軒家を手にいれる。
この町の光景は、小学校のとき国語の教科書で読んだ、ある華族の娘の郊外電車の旅で描写されたものだ。井の頭公園、三鷹という地名があった。娘は東久邇か鷹司とかいったと思う。電車から見る朝の風景がさわやかで、夏の風が吹いていた。
私はまだ30代になったばかり。家人はさらに若く、幼妻のような容姿。
子供は二人いるが、ふたりとも男の子。上の子は中学に入ったばかりで、頭は坊主刈り。すこしひねこびている。下の子は小学校中学年で、まだ幼い。
その4人で、まわりが桑畑のような緑深い町の中古住宅に住みはじめる。
あるとき、周りの景色でも味わおうと、4人で家の前の道に出る。舗装もされていない砂利道の端に細長い座布団を敷いて、みな腰を下し前方の風景を眺めている。そこへ、意地の悪そうな中年女性がやってきて、通りに座っているなんて迷惑だと言わんばかりに、私たちの間を抜けていく。
場面が変わって、同じ町の外れに芸術村の長屋がある。芸術家のインスピレーションが生まれるような施設として、国が用意したもの。といっても昔からの長屋を改造した代物。ピアノの音が流れたり、油絵の絵の具の匂いが立ちこめたりしている。それぞれの家は大きな雪見障子の玄関だから、内部が透けてよく見える。
世界的な音楽家が芸術村にやって来たと聞いて、私がやって来る。その家におとないを入れると、奥様が出て来る。私の家に来て音楽を作ってくれないかと頼むと、奥様は了解して、私の家に行こうという。
私は、奥様と音楽家の弟子たちを引き連れて、桑畑のなかにある我が家を目指す。音楽家はあのオザワのような顕示欲のつよい人だが、指揮者でなく作曲者である。姿はないが、私たちより遅れて来ている気配だけ、私は感じていた。
我が家の前に着くと、家には誰もいない。私は探しまわる。すると、髪を切ってボブにした高校生のようなセーラー服を着た家人が恥ずかしそうに立っている。「先生を連れてきたから、子供たちもみな呼んで」と声をかけると、全員が広間に集まる。
私たちの一家4人のほかに、先生の奥様、弟子たち。それに見なれない兄弟のような、男の子ら数人が正座している。二人ずつ、3組ほどいる男の子たちはよく観察すると、いじめ行為をしている。苦々しく私は注意をする。
それにしても、先生が来るのが遅い。私は、「ちょっと探してくる」といって席を立つ。
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