3本の映画を連続見して
ジョン・グリアスンの「流網船 Drifters」、羽仁進「教室の子供たち」、アキ・カウリスマキ「真夜中の虹」の3本を立て続けに見た。といっても、前2本はドキュメンタリー映画の名作。尺もそれほど長くない。せいぜい40分程度だ。
まず「流網船 Drifters」。これはイギリスドキュメンタリーの古典といわれている。1920年代に制作された作品。監督はジョン・グリアスン。「ドキュメンタリー」の用語を映画に与えた人物だ。イギリスドキュメンタリー運動の中心人物で、ドキュメンタリーの歴史を語るうえでは欠かせない。この珍しい映画を、大学のアーカイブスから借りて見た。機帆船から蒸気船に変わった頃のにしん漁の様子を記録したもので、音声はない。説明は最小限の字幕しかない。プリミティブな取材と荒い編集だが、意図はよく分かる。北海の荒波のなかで必死で操業する漁師たちの姿を描いている。網を巻く姿というのは、モーションピクチャーに相応しいということが一目瞭然だ。
次の映画は、1955年当時の小学校の教室での出来事を撮影した作品、「教室の子供たち」。東京の下町の小学校の女性教師の目を通して描かれた小学2年生の子供たちの生態だ。子供のあまりにイキイキした姿に、当時話題になり、いくつもの映画賞を受賞したという作品。子供たちの自然な生態を記録する方法としての隠し撮りすることを監督である羽仁はやめて、堂々と子供たちの前にカメラを据えた。最初の2日ほどは子供たちも珍しがってカメラのほうを見てばかりいたが、数日するとまったくその意識は消えた。まるでカメラなどないかのように子供たちは自由に自然に振舞ったと、羽仁は証言している。日本におけるシネマヴェリテの最初の試みであったのだ。ところで、1955年当時小学校2年生というのは、私と同年の団塊組だ。そうやって見ると、登場する子供たちの姿は同級生たちとよく似ている。校庭での遊び方、身体検査の男女混合スタイル、給食の当番、みな懐かしいことばかりだった。
最後に見たのが劇映画。近年、評価の高まるアキ・カウリスマキの初期の作品「真夜中の虹」。たいして期待しないで見始めたら、さすがカウリスマキ。乾いたユーモアにどんどん引きずり込まれた。カウリスマキの作品はいささか被虐的なところがある。この作品の主人公もやることなすことすべてが裏目に出る駄目男。負け犬の話なのだが、ハードボイルドタッチですかっとするのだ。
フィンランドの北の果て、ラップランド。炭鉱の閉山で失業したカスリネン。父は自殺するのだが、その前に真白なキャデラックの鍵を託した。「オレのような真似はするなよ」と言い残して。その車に乗り込み、南を目指す。ロング・ドライヴの始まり。途中、二人組の強盗に有り金全部奪われ、仕方無く日雇い仕事に出る。そこで偶然イルメリと知り合う。
それでハッピーかなと思うと、予想外の展開で、主人公は刑務所に収監となる。しかも、その刑務所を脱走するというとんでもない展開が待っている。ということも知らないまま、物語のあまりの奇想にすっかり毒気を抜かれた。すこぶる面白い。★5つ。
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