後味の良さ
143回直木賞受賞作『小さいおうち』(中島京子著・文藝春秋)を読んだ。同僚のデスクにあったのを手にとったので期待もしないで読んだのだが、面白かった。なにより読後感が良かった。最後の2ページから受ける爽やかさは得もいわれない。その場面の舞台が金沢郊外の海辺の町ということも、私の思いいれを引き込むのかもしれないが。
それにしても、主人公の誇り高き女中タキさん、甥の健史、奉公先の奥様平井時子、その息子恭一ら登場する人物の魅力的なこと。戦前から戦時中の、東京山の手の中産階級のノーテンキにして誠実な人生が垣間見えてよかった。
山本夏彦がよく語っていた、戦前が暗いというのは妄想だという言葉の裏づけのような小説だ。というか、アメリカとの戦争が始る昭和16年ぐらいまでは、少なくとも東京ではまだのどかさがあったという論をよく実現していた。吉村昭、小林信彦や向田邦子らの世界と共通するものがある。
女中という名称はPC(ポリティカル・コレクトネス 政治的な正しさ)のおかげで、いまや使ってはいけない言葉となった。だから、昔見た映画「女中っ子」をもういちど見たいと思ってもなかなか叶わない。左幸子の田舎娘の純情さに心うたれたから、もう一度みたいのだが、どこにもかかっていない。
この小説の主人公タキは、女中ということに誇りをもつ賢明な少女だ。時代が17年進行するなかで少女から若い女性にタキは変貌していくが、彼女の独白の文体から、私のなかではタキはずっと少女のままである。
この物語になにより感心するのは、昭和初年のひとつの流れ、新しい女のことを大胆に性愛まで含めて見つめていることだ。端的にいえば、女性の同性愛のことをあっけらかんと描いている。以前から、私も吉屋信子、湯浅芳子、中条百合子そして林芙美子のことが気になっていたが、この書を読んで、この現象はかなり時代が作り出したものではないかと思った。そういえば宝塚やSKDなどの少女ミュージカルの風潮もそれに連動しているのかな。
作者の中島京子という人は1964年生まれというから凄い才能が現れたものだ。宮部みゆきが登場したときと似た匂いがする。
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