沈黙
出版されたばかりの『NHK、鉄の沈黙はだれのために』(永田浩三著、柏書房)をいっきに読んだ。著者は番組改変事件の当事者の一人だ。10年前に起きたあの事件の当事者として長く苦しんで来た。その間、裁判もあって、事件の顛末をトータルに語ることを彼はしなかった。このたび、此の書のなかで、彼の目を通して事件の全体の流れを明らかにした。
彼の目を通してと記すのは、彼以外の当事者たちもこれまで語ったり書いたり証言したり、もしくは沈黙もしてきた。そうして流通してきた”事実”もある。折りにふれて、そういうものを読んできたが、どうしてもしっくり来ない気がしていた。この事件の全体を見渡せるところにいたのは彼しかいないと、此の書が出版されることを待っていた。
昨夜、たまたま新宿紀伊国屋に入ると、ノンフィクションのコーナーに平積みされてあったのですぐ手に取り、購入。夕食もそこそこに貪るようにして読んだ。この本に登場する人物のほとんどを知っているから、文章はたちまち映像となって現前化されるという不思議な感覚を味わう。まるでドラマか映画を見ているようだ。
この本の登場する人物はほとんど実名であることに、著者の覚悟を見る。沈黙のかさぶたを突き破るかのように、実名と実時間が丁寧に克明に描かれてある。一読、重いボディブローを喰らったような気分。
――エリア・カザンのことを思った。ハリウッドの赤狩り旋風が巻き起こったとき、その容疑の8人を「密告」したとされる人物。一方で、『エデンの東』『欲望という名の電車』などの名作をものしてきた名監督である。そのエリア・カザンが、50年後の1999年に、第70回アカデミー賞の特別賞を受賞することになる。特別賞というのは、映画文化に功績があったという賞である。そのときの会場では、この受賞に賛否の声があがった。半数が立ち上がって拍手するなか、半数は椅子に座したまま拍手を送った。(その中には、スティーブン・スピルバーグもいた。)受賞のスピーチで、カザンはあたりさわりのない話題を口にしただけ、大切なことは沈黙したまま。カザン、時に89歳、あまりに長く生きた。
このカザンの人生の長きとその沈黙を思った。
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