残日録錯覚
ここしばらく心楽しまない日が続いた。暑くなって体はすこぶるいいのだが、仕事がらみのことがいま一つ滑らかに動かない。うつうつとはいわないまでも面白くない日々であったというか。他人から見れば、冬に大患を得たばかりなのだから健康だけでも感謝しなくてはというところであろうが、仕事好き人間の私としては、番組の企画が立たなければ面白くない。
そこで気晴らしに藤沢周平でも読もうと思った。大江さんならディケンズを読もうというところだろうが、時代小説が好きな私は気散じに、「三屋清左衛門残日録」を手にした。これは数年前に単行本を買って堪能した作品だ。二度読みすることもあろうが、つまらない暇つぶしの書にはしたくないと、書棚の奥深くへしまった。あまり丁寧に始末したせいか、どこへ紛れ込んだかその本は行方が不明となった。
先日、会社の資料室でその書を見つけ、懐かしくなって読んだ。読後は悪くないのだが、何か物足りない。物語に決着がついていない気がした。はたと膝をうった。
「三屋清左衛門残日録」は「用心棒日月抄」のように上下2巻あるのだ。資料室の本はその上巻であって、下巻を求めて読み継げばいいのだと思い至った。
そこで、大磯、目黒の図書館で、その下巻を探したが見当たらない。仕方がないので、ブックファーストの文庫本売り場に行くと、1冊本であった。これは文庫だから、上下が収録されているだろうと、あえて新刊の文庫本を購入。それを昨夜読んだ。
結果から言うと、文庫本は先日読んだ資料室の単行本と同じ内容であった。上下2巻の物語というのはどうやら錯覚だったらしい。らしいというのはまだ私のなかで納得しないものがあるからだ。
隠居の三屋清左衛門は慰みにときどき料亭「湧井」に顔を出す。ここの酒肴がうまいだけでなく女将のみさを気に入っている。わりない仲にはなかなかならないが、一夜だけ清左衛門が寝込んだときに、みさと思しき存在が傍にいたことがあったと清左衛門は朧気に感じている。2人は互いに惹かれあっている。
そのみさが突然遠く離れた他藩の実家に戻ることになり、せつない別れとなる。今回読んだバージョンはここでエンディングとなっていた。
ところが、以前読んだときの記憶では、この実家に戻ったみさが、再び事情があって元の城下に舞い戻り、清左衛門との交流の日々を始めると、物語が流れていくのだが、先日読んだ単行本も文庫本もそうなってはいない。なぜ、こんなことになったのだろうか。私の記憶は錯誤であったのだろうか。
この小説はテレビ化され1993年にテレビドラマで連続放映された後、単発で1995年に『清左衛門残日録 仇討ち!播磨屋の決闘』という正月ドラマも作られたとウィキペディアに記されている。この続編のドラマがみさの帰還を描いたのだろうか。それを、私は小説本編にも書き込まれてあったと錯覚したのだろうか。
それとも、よく似た結構をもつ『用心棒日月抄』と混同したのだろうか。
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