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判子の思い出

判子の思い出

 明日、人事異動の内示がある。私は元いた部に戻ることになった。3年ぶりだ。座席が変わるので今使っている机周りの片付けに追われた。
机の両脇には5つの引き出しがついている。一つずつ中身を取り出して段ボールの箱に詰めて行く。なかには要らなくなった番組資料や映像資料などを処分もしなくてはいけない。見る見るゴミ箱は不要品でいっぱいになる。
 一番下の引き出しの奥から、ピルケースが転がり出て来た。蓋をとってなかを取り出すと、「玉置」と刻んだシャチハタの印鑑が出て来た。

 1992年、私は広島局にチーフで赴任した。同時に副部長で移動したのが玉置さんだ。入局は私より1、2年遅かったが年齢は同じである。「明るい農村」などドキュメンタリーを作ってきた人だから気があった。大きな笑い声を好もしく思った。見かけによらず繊細で気配りの人でもあった。
 出身を聞けば、私の実家から遠くない尾張一宮出身で、由緒のあるお寺の次男だということだった。私は相棒として頼りにした。

 赴任から1ヶ月忙しく働いた。前任者の引き継ぎを果たすだけいっぱいで、日々の仕事に追われた。
広島局の宿命として、夏の原爆の日の特集をたえず考えておくことが要求される。私は、隣席の玉置さんと頭をよせあって相談した。お互い家族を東京に置いての単身赴任。夕食を兼ねて二人で居酒屋で盃を交わしながら議論した。
着任して2ヶ月余り、夏が近づいた頃だ。彼は体調を崩した。2、3日会社を休んだ。お互い単身赴任の身だったから、毎朝夕の食事がたいへんだろうなあと同情した。
 会社へ出てきたときにはやつれていた。我慢強い彼が少し弱音を吐いた。「ちょっと広島では治療するには不便なので、申し訳ないのですが東京の自宅へ一旦帰させてくれませんか」と遠慮気味に言った。思った以上に容態はよくないのだなと私は思い、すぐに帰京するよう薦めた。

 そして東京で養生をすること10日。突然、広島へ戻って来た。予期しない言葉を彼は口にした。
「私は癌になりました。進行が早いようです。当分、広島を離れて東京の病院に入院することになりました。」
晴天の霹靂だった。まさか、柔道選手のような頑健な体の持ち主が癌に侵されるなんて。まだ44歳にも満たないのにそんなことがあるだろうか、私は半信半疑だった。
 だが彼の目は真剣だった。(本当に玉置ちゃんは癌にかかったのだ。最悪のことも覚悟しているみたいだ)
 私は何と言っていいかわからず、「きっと早くよくなって、現場に復帰することを約束してくれるね」と気休めのようなことを私は言った。(今でも、なぜあんな言葉しか言えなかったか、自分の愚かさを後悔する)
 いつもサービス精神旺盛な彼は真顔のままぼそりと言った。「約束は難しいかもしれません」 あのときの玉置さんの顔を忘れることがない。普段は人なつこい笑顔の持ち主だが、そのときは白ちゃけた無表情で、私の目をじっと見ていた。あまりのまっすぐな眼差しに私は思わず逸らした。

 その夏の終わり彼は死んだ。広島から彼の故郷尾張一宮まで私は飛んだ。祭壇に向かって手を合わせ、遺影を眺めながら、広島最後の日のことを思い浮かべた。
 退社する前に、彼は自分の印鑑を握って私の前に立った。「何か私関係の決済で必要があったら、この印鑑でお願いします。」といって、小さな判子を私に預けた。

 その判子は彼が亡くなりバタバタしているうちに、ご遺族に返す機会を失った。私の引き出しの奥に留まることになる。
3年後、広島から東京へ転勤になった。その印鑑をもって私は東京の放送センターに移った。「玉置ちゃん、いっしょに帰ろう」と判子を握りながら思った。
 以来15年、その判子は私の引き出しの奥にひっそり眠っていた。

 本日、玉置さんと若い頃同じ部にいたOさんのもとへ届けた。遅くなりましたが奥様にお返ししますと伝えてほしいと託した。

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by yamato-y | 2010-06-18 00:07 | 魂のこと | Comments(0)
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