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定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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大いなる日に

オオエなる日に

 昨日は久しぶりに高揚した。午後1時から6時まで、大江健三郎さんのインタビューにじっくり付き合い、大江さんの声に耳を傾けた。聞き手の渡邊あゆみアナもよく勉強してきて、大江文学の核心を丁寧に(むしろ執つこいぐらいに)聞き出していった。この番組はきっとインタビューの労作(トラヴァーユ)になるにちがいない。
久しぶりに、大江さんの前に出て、緊張した。休憩の折りなどに言葉を交わした。75歳となった今も変わらずジョークをとばす大江さんに安堵した。それにしても、『水死』を発表して後期5部作をなしとげたという解放感だろうか、実に闊達な表情をしておられた。5時間のスタジオ作業に、70歳過ぎで耐えるというのはなかなかできるものでない。だが、大江さんの言動や表情は最後まで張りがあった。

 「100年インタビュー」の番組時間は90分だが、昨日の収録ぶんだけで180分ある。さらに、明日日曜日には成城の自宅でのインタビューが行われ、素材として追加される。おそらく、素材時間だけで300分になろう。これを90分にまで削るということになるのだが、内容が深いやりとりだけに割愛するのがこころ苦しい。担当の岸アナウンス部副部長も放送時間の延長を申請しようかどうか悩んでいた。その気持ちは分かる。

 インタビューの中身の詳細はオンエアーでごらんいただくとして、心に残った話を記録しておく。
 大江さんが音に対しても鋭敏であるということ。それも大江文学にとっては重要である。言葉のしらべに関して、大江さんがこだわっていることを痛感した。
渡邊さんが、執筆したあとの推敲では朗読をしてたしかめるのですかという問いに対して、大江さんは作家は声に出さなくても、内心で、音を立ち上げて読む習慣があるものですと答えた。つまり、大江さんのなかでは書かれた言葉の音の響き、調べがかなり重要で、エラボレーション(書き直し)にはその配慮がかなりあると推定された。オーデンやエリオットの詩の引用にしても、どの日本人が訳したかということにかなりこだわる。つまり、大江さんの感性に近い言葉遣いや音の響きをする訳詩者(例えば深瀬基寛や西脇順三郎)にこだわるのだ。たしかに、エリオットの「荒れ地」の詩をとっても、かなりたくさんの訳がある。なかで大江さんは深瀬の訳にこだわる。

言葉のしらべに敏感なのは、長兄の大江政太郎さんが歌人であったことともつながる。大江さんの一族にも音に対する鋭敏性があるのだ。
光さんの音楽性は奥様の伊丹一族から受け継いだものでしょうと、大江さんはよく謙遜するが、私は大江一族の血も大きいとみている。

 とはいえ、昨日の収録でこんなことがあった。
渡邊さんが、『水死』の一部を朗読するときに大江さんに原音をたしかめた。「谷間」を何と読めばいいでしょうか、タニアイ、タニマ?それに対して大江さんは、ずっとタニマと呼んできましたが、あるとき朗読をされる方がタニアイと呼ばれることがあって、ああそうかと思うようになりましたと言って、タニアイでもよいのではと支持された。そこで、番組中はずっとタニアイと渡邊さんは発音した。この件に関しては、(大江さんがゆるされたとしても)私はいささか異論を唱える。
 大江文学における「四国の谷間の村」という表現は、ぜったいにタニマであってほしい。仮に通説の読み方はタニアイであっても、大江さんの小説世界では響きからいってタニマこそふさわしいと思うのだ。昨日のタニアイを大江さんが支持したのは、大江さん流の優しさ、寛容であったとみる。だから、そこにあまえず、今後ともタニマと発音されることを私は望む。

 先日、「スタジオパーク」に出演したとき、画面の大江さんを見て、奥様は銀髪が硬くみえると感じたそうだ。そこでふわふわとなるシャンプーを買ってきてくれて、昨夜それで洗いましたと、メイクさんに冗談を言っていた。豊かな白髪が羨ましい。グレイのタートルに紺のブレザー(ランバン)、グレイのズボンと相変わらずお洒落だ。すべて奥様の見立てと謙遜されるが、それを着こなす大江さんの75歳と思えない身のこなしにつくづく病み上がりの私は羨ましく思った。

 20世紀の終わりの頃から書かれた作品は、大江文学後期5部作という。これらの作品の主人公は大江さんらしい小説家長江古義人が語り部となっているので、古義人ものと呼ぶのがふさわしいかもしれない。最新作『水死』はその古義人ものの締めくくりの作品となる。長編小説はこれが最後になるかもしれないと、大江さんは語っているが、私は、大江さんが新しい語り部を発想して、また新しい作品を書き続けられるだろうと予測する。それほど、大江さんのなかには小説に対する大いなる意欲があると見受けた。わが日本のノーベル賞作家は老いてますます意気盛んである。

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by yamato-y | 2010-02-06 11:41 | 賢者の面影 | Comments(0)
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