茂原の仙人
私の都合でアポを取り消してしまった人と昨日お会いした。茂原に住むiさんだ。iさんは今年67になるが、いつも情熱的な企画をもちこむディレクターである。今回もキュ―バの話をもってきた。今年で、日本とキューバの国交が開かれて80年になる。それを記念して、日本人の手で初めてのファッションショーが開かれる。そのイベントを軸に、今も社会主義の旗をおろさず、愚直に理想を貫こうとするキューバの人々を描こうという企画である。
この話は春先に聞かされていたが、同じネタを別のプロダクションから預かっていたので、いったん私は断った。その後、そのプロダクションは降りたということで、iさんは捲土重来再提案してきたのだ。
なぜそれほどキューバにこだわるのですかと訊ねると、30年前に取材でハバナに入ったとき人々のおおらかな逞しさが忘れられないからだと答える。iさんは60年安保世代で、かつて北海道での学生時代に理想を掲げて闘ったことがある人だ。
持ち込まれた企画は正直言って実現の難しいものだ。話が遠いのである。空間的なことだけではなく、今の日本社会にとって関心が薄いと思われるのだ。iさんの熱い思いは分かるが、今年度の終盤は外交より内政に関心が向いていく気が私にはして、海外のお金のかかる番組より国内の社会問題を企画として掘り起こすべきではないかと思われ、iさんに私は難色を示した。が、いっこうにiさんは気にしない。「中米でもチャベス政権など、親キューバの国が増えるなど、社会主義の理想を追求するキューバは今や旬ですよ」とひげ面でにこっと笑う。笑顔がいい。
7時を過ぎたので、二人で渋谷駅まで帰った。途中で、立ち飲み屋に寄った。先日のアポ取り消しのお詫びを兼ねて、酒代は私がもつと宣言。といっても立ち飲みだからたいした金額でない。それでも私がそう言ったのは、iさんの仙人のような清貧生活を慮ったからだ。
数年前まで都内を引き上げて、千葉の茂原に移り住んだ。家族とも別れ、一人でひっそり生きているiさんはつつましい生活を送っている。どうやら家のなかは書籍で埋まっているようだ。日がな一日、読書三昧。茂原の草深い庵に住んで世間をじっとみつめている。かといって偏屈でなく、人なつっこい人柄。尊敬する先輩だ。
午後8時、これから茂原までどれくらい時間がかかるかと聞くと、「3時間」と答えた。
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