
雲の流れが早い
教室の黒板のような背中
二人の子どもは成人して家を出て行った。夫婦だけになったら家が広すぎると思うようになった。15年前に大磯もみじ山の上に建てたときは嬉しく、家族も喜んでくれた。子どもたちも中学生、小学生で可愛かった。この山中で二人は自然のフシギに出会えるぞと、父親として期待した。おそらく大江健三郎さんの影響があったと思う。
案に相違して、子どもらはあまり自然をいいと感じなかったようだ。山中の家は不便だとぐらいしか思わなかったようだ。詳しいことは、当時私は仕事にかまけて家庭をほとんど顧みていないから分らない。オトナになった彼らに聞くと、「別に」としか家の感想をもたない。ただ、今も子どもらの部屋には幼い彼らのエネルギーが残っている。だから、この家を見棄てるわけには、少なくとも私にはいかない。
休日の昼下がり、空低く雲が流れる。私は庭に出て、荒れた庭の草むしりを始める。春先に草を刈っておいたが、梅雨を越すと、庭にはどくだみを始め草いちごや夏草でジャングルと化している。
ショートパンツに穿き替え、庭ゲタを履いて草をむしる。この家を俺が守らなくて誰が守ると、夜迷いごとをぶつぶついいながら、一本一本草をむしる。これって、内田樹流にいえば、村上春樹の骨頂である「雪かき仕事」と同じではないだろうか。
誰かがやらなくてはいけない、通りの雪かきをせっせとセンチネル(歩哨)のようにやりとげる仕事。ライ麦畑のつかまえて、だ。
いや、ちょっと違うか。村上にしてもサリンジャーにしても、不特定のためのシャドウワークだ。私は、自分の家のことで、自分の利害がからんでいるか。無償の「雪かき仕事」ではないな。
でも、二人のこどもらには、俺は教室の黒板のような背中をもって、草をむしっているのだぞと、少し言い張りたい。
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