八月のクリスマス
「紅旗征戎、吾が事に非ず(こうきせいじゅう、わがことにあらず)」は、和歌の完成と頽廃を一身に担った藤原定家の日記「明月記」の中の一節。平家だ源氏だと騒いでいる世相に対して、そんなこと関係ないと、定家は嘯いたというのだ。
千葉市長選挙で民主党の若手が勝利し、鳩山辞任で首相の決断力のなさがさらに露呈し、今度の都議会選挙では相当の波乱が生じて、ついに国政選挙で山が動くか、という論調がメディアにひしめくなか、そんなことと関わらずに、私は昨夜2つのラブストーリーを見ていた。一つは韓国映画「八月のクリスマス」,もう一つはケビン・コスナーの「メッセージ・イン・ボトル」。
「八月」は映画のうまさに感心した。大きな説話もないが、じりじりと主人公の死病への不安が物語を押し上げていくダイナミズムには脱帽。以前に一度見ているが、あまり心にとまらなかった。今回、じっくり見て、作りの巧さに驚いた。
ジョンウォン(ハン・ソッキュ)は、ソウルの片隅でみすぽらしい写真館を経営している。ある日、交通課に勤務する若い婦人警官タリムが写真の現像を頼みにやって来る。やがて毎日顔を見せるようになり、 ジョンウォンも可愛らしくキラキラと輝いている彼女に惹かれていく。だが、この恋が叶わないことは、誰よりも彼が一番良く知っていた。まもなく彼は病のために死ぬ運命にあった。そのことは家族以外知らない。タリムへの思いも胸に秘めたまま、入院してしまう。突然、店が閉店したのでとまどうタリムはジョンウォンの帰宅を待つ。がいっこうに帰って来ないことに苛立つ。時が流れる。
一時退院してきたジョンウォンはタリムからの手紙で彼女が待っていたことを知るが、あえて接触しないまま、自分で自分の葬式のための肖像写真を撮る。そのまま葬式の場面に変わる。つまりジョンウォンは死んだのだ。そのことを映画はそっと告げる。季節は二人が出会った初夏から雪の降る冬に変わっていた。
ラストシーンがいい。ジョンウォンが死んで、親戚の男が店を整理に来て、閉店という看板を出して帰っていく。その後に少し大人になったタリムがやってきて、無人のショーウィンドーを眺める。棚に自分の写真が飾られていることを少し喜びながら、閉じられた店を訪ねることもなく去っていく。ただそれだけだ。タリムはジョンウォンの運命を知ることもなく、ただ時間が経過しただけ。エンディングの音楽が流れエンドマークが現われる。
ホ・ジノ監督の最初の作品で1998年に撮られている。
この映画を見ていて、あちこちに「冬のソナタ」の匂いを感じた。きっとユン・ソクホ監督もこの映画からさまざまな影響を受けているにちがいない。
ハン・ソッキュという役者は昔から好きだ。ソン・ガンホと並んでうまさを感じる。こういう白塗りの2枚目でないいい役者というのが韓国にはたくさんいる。私のお気に入りのキム次長を演じたクォン・ヘヒョもその一人だ。
もう一本見た「メッセージ・イン・ボトル」についても書くつもりだったが、時間がなくなったので、後にしよう。
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