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ラスト・ピクチャー

ラスト・ピクチャー

年長の友人イイダさんは毎月渋谷の理髪店に出て来る。横浜に住んでいるイイダさんは元の職場の近くにある理髪店でしか髪を切らない。今年73歳になるだろうか。お洒落だ。細身の体つきや穏やかな風貌と違って、イイダさんは筋金入りのジャーナリストだ。私たちの大先輩にあたる報道カメラマンである。番組を制作する私と畑は違うのだが居酒屋「たつみ」で顔なじみとなり、以来仲良くしてもらっている。

昨日、久しぶりに出てきたイイダさんと話をした。懐からイイダさんは手紙を取り出した。出版記念パーティの案内状だ。第40回大宅壮一ノンフィクション賞(日本文学振興会主催)に選ばれた「キャパになれなかったカメラマン−ベトナム戦争の語り部たち」(講談社)の作者平敷安常さん(71)のパーティのお知らせだ。平敷さんはベトナム戦争当時アメリカABCのスチールカメラマンだった。NHKの特派カメラマンだったイイダさんと友だちで、そのヨシミで招待されているのだ。

イイダさんはベトナム戦争従軍のエピソードをぽつりと話した。当時、サイゴンにはフリーのカメラマンが日本からたくさん来ていた。写真を撮って、UPIなど通信社にネガひとコマ25ドルで売っていた時代だ。命がけの商売だから、イイダさんの月収の3倍ぐらいの収入を無名カメラマンたちは得ていた。
そして、ベトナム戦争取材で命を落とした日本人カメラマンだけでも10人はいる。みんなイイダさんと顔なじみだった。今回、大宅賞を受賞した平敷さんとも共に死線を越えた仲だ。かなりヤバい地帯をイイダ、平敷は歩いているが、幸運にも命を長らえている。

仲間から二人のピュリツァー賞をうけた写真家が出た。一人は川面(かわも)の家族を撮った「安全への逃避」の沢田教一。もうひとりは酒井淑夫である。沢田は戦場に消えたが、酒井は生き延びて1999年に日本で亡くなっている。その酒井が嶋元啓三郎のラスト・ピクチャーを撮っているよ、とイイダさんは呟いた。「それは、どういうこと?」と私は尋ねた。
「嶋元の遺影を酒井が撮影したのさ。それが葬式写真となったの」イイダさんの口調がきつくなる。
ベトナム従軍撮影に入る時、カメラマンたちはお互いを撮影しあった。もしものときのために撮ったのだ。1971年2月のラオス行きのときも、そうやって嶋元と酒井はレンズを向け合って互いの肖像写真を撮った。翌日、嶋元の乗った米軍ヘリコプターが北ベトナム軍により撃墜され死亡した。酒井の撮った嶋元はラスト・ピクチャーとなった。

イイダさんも凄まじい体験を重ねているが、いっさいメモを残さなかった。スチールカメラマンと違って、放送局のムービーカメラマンは会社への報告やフィルムの管理に追われた。だから平敷安常のように克明な記録をもたない。だが、以前から私はイイダさんの体験をカタチにしたいと、何度もインタビューを試みているが、本人は照れくさいのかしゃべりたくないのか、いつも話題を変えてはぐらかされる。

これを書いていて、妙なことに気づいた。嶋元啓三郎は鹿児島県種子島の出身。平敷安常や石川文洋は沖縄出身。沢田や一ノ瀬泰造は東北の出身だったはずだ。なんだか、日本の周縁の出身者が戦場カメラマンには多い。

イイダさんはベトナム戦争の最後まで残り、サイゴン陥落の映像をスクープする。いくつも修羅場をくぐったイイダさんだが、バドワイザーの泡を楽しむ今のイイダさんからは想像がつかない。とにかく「キャパになれなかったカメラマン−ベトナム戦争の語り部たち」を読んでみよう。
 
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by yamato-y | 2009-06-11 08:37 | 賢者の面影 | Comments(1)
Commented by 平敷安常 at 2009-08-01 10:36 x
Mizumakura様;とても素晴らしいエッセイ書いていただき感動しました。飯田さんの感じが凄く正しく描写されていて、現在の彼と一九七〇年代の彼が鮮やかに蘇ってきます。私は飯田睦美大兄とは、ベトナムで面識があったテレビニュースのカメラマンでした。(スチールは難しいので十六ミリのニュースカメラをまわしていました。)写真集が出せないテレビニュ―スのカメラマンなので、ベトナム戦争で,知り合い、助け合い、競いあったテレビニュースの仲間たちのことを書き残しておきたいという気持ちからこの本ができました。飯田大兄は自らは語ったり、書いたりはしませんが、最高の放送ジャーナリストとして立派な仕事をされたことは確かです。彼の話を聞き書きできたら、素晴らしい回想録が出来るはずです。諦めないで、何度もインタビューをトライなさってください。まずは大事にして上げてください。平敷安常拝
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