緑風
夜来の雨があがり快晴となった。昨夜の雨は相当ひどかったらしく、窓ガラスには雨滴が数滴はりついたままだ。風がつよい。山がゴーゴーと鳴っている。ベランダの扉をがたがたと揺する。
衛星放送開始20年記念の番組で、昨夜「冬のソナタ」が久しぶりに放送された。これまでに2桁の回数で視聴しているはずだが、思わず見入った。やはり名作だ。“メロドラマ”として本当によく出来ている。ストーリーは分かっていても、次々に展開するプロットの意外性には脚本がしっかりしていること、的確な演出プランがあることがおおいに寄与している。それにも増してこのドラマが優れているのは、昨夜放送された韓国オリジナル版を見て感じたのは役者の演技力だった。
「ザ・ライバル」のドラマを制作するという体験をして感得したのは、役者の思いをいかに持続させるかだった。役者は悲喜苦楽の感情を演じるとき、その気持ちを最低30分は持続させておく必要がある。一つのカットを終えて次のカットまで、カメラ位置の変更、照明の調整、メイクの点検などで空き時間が生まれる。その間、いかにして感情を保つかということだ。
舞台であれば、すべてが物語の時間として平行して流れているから、演じるということに専念できるが、映像の芝居はそうはならない。極端にいえば、ブツブツ切れた芝居の連続なのだ。それをコントロールする柔軟で強い精神力が役者に要求される。
チェ・ジウさんは若い頃演技が下手だと評されたと聞くが、少なくとも冬ソナではそんなことはない。昨日放送されたのは、あのファンが2番目に好きな「私は謝りません。あなたは私の心をもっていったから」の場面だ。溜めに溜めたチェさんの演技は、彼女の力かユン監督の指示か判断しがたいが、よく演じている。
でも昨夜発見し、驚いたのは、ぺ・ヨンジュンさんの深々とした演技だ。ある抱擁力を感じた。以前は気がつかなかったのは吹き替えのせいだろう。ペさんのバリトンがヒロインの心の傷を癒すかのようなジェントルな声。この声が穏やかに流れゆっくりとした所作。この演技が内に秘めた悲しみと愛おしさが入り混じった複雑な感情をよく表していた。
「冬のソナタ」の分かりやすさというのは稀有な芸術性だ。ウッディ・アレンやベルイマンのような難しさはないが、同等の芸術性を獲得していると私は言い張りたい。この意見に対して、映画の専門家の高野悦子さんは異論を示さなかったことを思い出した。
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