名匠の手遊び
忙しければ忙しいほどDVD映画が見たくなる。夜中に目をこすりながら往年の作品を見ている。先日は、韓国のソン・ガンホが出演する「シークレット・サンシャイン」を見て感心した。まだまだ隠された名作があると思って心強く思った。
そういう期待をもって、昨夜市川崑の「その木戸を通って」を見た。原作は山本周五郎で、この作品を私も読んだことがある。内容は忘れたが周五郎の武家もののなかでも好きな作品だったはずだ。原作がよく、映画の監督が市川なら、それなりのものにちがいないと、一昨日渋谷のツタヤでレンタルした。どうやら、最近DVD化されたようで準新作扱いになっていた。
一方で少し不安もあった。市川はけっこう外れることが多いのだ。映像の作り方は重厚で華麗なのだが、作劇が物足りないという作品は少なくない。映画に詳しい友人によれば、市川は妻でシナリオライターの和田夏十がいなくなってからは駄目になったという。まあ、そこまで厳しく評価はしないが、たしかに尻切れとんぼの作品が散見されるのも事実だ。三谷幸喜のような見かけ倒しの作品とまではならないが、もっとシナリオの段階で練ってくれよと言いたくなるものもある。
「その木戸を通って」もやはりその危惧したような作品だった。主演が中井貴一と浅野優子と知ったときに、あっと軽く失望した。映画スタアの重みが少ないキャスティングなのだ。ワキはよい。フランキー堺、井川比呂志、岸田今日子。主演の二人はまるでテレビドラマのような軽い芝居なのに比べて、特にフランキーなどは大地にしっかり根をおろした芝居が光った。
ある若者武士平松正四郎の家に、記憶を喪失した女ふきがやってくる。平松の名前だけがたよりで、それ以外はすべて闇の中という女だ。この理由ありの女と平松は結ばれるのだが、いつも隠された過去が重圧となっていて、その闇が判明すれば二人の婚姻も破綻するのではないかと、二人ともおびえている。やがて、その破綻の日が来た・・・。というような物語だ。
謎の女のもつやさしさに、平松が惹かれていく、という設定が全然うまくいっていない。浅野のような大柄の女では情の細やかさがまったく浮き出てこない。それに心奪われる平松の若侍の風情も、とってつけたような演技でしかない。加えて、物語のサスペンス、破綻への予兆などの作劇があまいのだ。やっぱり、市川の手遊びの作品だなと思ってしまった。
画面は凄いのだ。武家屋敷の質素でぜいたくなしつらえのなかでの、人影のウゴキはいい。さすが、市川だとうならせるところは多々ある。市川の危ういのはそういう映像主義に陥ったときだ。
「弟」とか「炎上」のような名作を撮る一方、「細雪」や横溝ミステリーのような軽い作品をほいほいと作り上げる、市川の”軽さ”。この後者の流れに本作品はあった。
映画を深刻ぶって語ったり製作したりするのでなく、映画を作ることを楽しんでいる市川崑の生き方そのものは好きだが、やはりシナリオはもっと練り込んだものを作り上げてほしい。と、まるで市川が生きているような要望を私はもった。
ネットで知ったのだが、この作品は1993年フジテレビで作ったハイビジョンドラマだった。だから、これまでの市川のフィルモグラフィに上がってこなかったのだ。これは昨年再発見されて、第21回東京国際映画祭(10月18~26日)で日本初上映された。
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