夜の山道
午後9時に紅葉山を登る。道の曲がり角には街灯が点いているものの、人気のない山道は少し不気味だ。でも、この季節には木々には葉がないので森の中は明るい。だから、夏の生い茂った森に比べれば怖さは薄い。
麓に山桜がある。夜目にも白く大きな花をつけていた。花影という言葉を思い出す。
早春のツヴァイク道は清清しい。肌寒い気候だから、坂を登っても汗をかくこともない。山自体は静かだが、何かがこれから始まりそうな気配を漂わせている。
山道の中ほどまで来ると、前方に人影のような黒い塊がある。今年になって大きくなった杉の苗かなと思っていたが、近づくと少年だった。少年が山道に座り込んで、顔を伏せている。どうやら泣いていたようだ。
「大丈夫ですか」と声をかけると、「大丈夫です」と返事した。うつむいたままである。
これ以上かまうのもよくないと思い、私は彼を後にして再び坂を登った。
頂まであがって、後ろを振り向くと、少年はまだじっとしていた。
少年はどんな悩みをかかえているのか分らないが、なぜか羨ましい気がした。人を恋うるにしろ、友のことで悩むにしろ、その苦しみそのものが彼の“魂”のように思えた。
ツヴァイク道の夜は、梶井基次郎の「闇の絵巻」の冒頭を思い起こさせる。ましてや、今夜のように理由ありの少年が佇んでいたりすると、その興趣はことさら深い。
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