青いラグーナ
夢をみた。海辺だが小高い丘などがあって林もあった。その土地は乱開発され少し痛んでいた。その土地を癒しながら保全していく。夜の作業で、土地も林も青いうす闇のなかにあった。月明かりが青かったのか、林も青い光のなかに立っていた。修復作業が2日ほどで終わり、その様子をながめる。海辺に近づいても海自体は見えない。海が、葉っぱの下にあるということだけを知覚する。葉っぱは芭蕉の葉のように大きなものが幾重にも重なっている。どうやら、その地形はラグーナのようだ。
ラグーナとは「潟」のこと。英語ではラグーン。イタリアにかつて行ったときに知った言葉だ。イタリア国土が河川によって削られ、その土砂が海辺にまで流されて出来上がった湿地帯、ラグーナ。そのラグーナのような地形の日本のどこかに、ぼくは立っている。その形はDを二つ重ねたBが全体のようだ。最初のD形のほうが後のより大きい。その最初のDを映像で計ろうと起点からカメラが回る。そこにベンチがあって、ベテランカメラマンのMさんがどっしりと座って海のほうを眺めている。そこから、カメラは全速力で、Dの一番下まで移動していく。そのトラックショットはおそらくバイクか車に乗っているのだろう。すごいスピードだ。
ふっと気がつく。起点にMさんがいたということは、これは誰が撮影しているのだ。
あ、亡くなったコダカちゃんじゃないか。名状しがたいものが胸をかけめぐる。
一つ目のDが終わって、次のDに移る。そこの最初の地点には小高い丘があって、貧しい家が並んでいる。その大半は空き家と化している。「これを村八分、二分ともいう」とコメントされる。こういう状況を村八分とはいわないだろう。もっと適切な表現を考えるべきと、ぼくはつぶやく。
ラグーナに立っている。海らしいものは見えない。だけど、海の近くにいることは体感している。夜の青いラグーナ。
と、夢から覚めて、すぐに書いてみた。ぼくには、読み返してもおおよそのイメージが立ち上がってきて、分かるが、はたして他の人には「何のこっちゃい」ということだろう。
青白い痩せた土地に生えるひょろひょろとした木々。昨夜読んだ、村上春樹の「壁と卵」。このふたつが、ちびくろサンボの虎たちのように溶けて、だんだんバターになっていく。
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