冬雲の下で
寒い日である。もみじ山の風景も白茶けて殺伐としたものとなっている。鳥の声も今朝は聞こえない。大磯駅で定期券を購入する。半年でおよそ15万円。たいそうな金額だ。今度買い換えるのは8月の10日。暑い盛りだろうが、今朝の寒さからなかなか想像できない。
昨日、衛星第2放送で、お昼に長時間にわたって、手塚治虫特集をやっていた。これまでの手塚に関するドキュメンタリーを集めた特番だったので、ちょうど見たいと思っていた「青春のトキワ荘」と「私の自叙伝」を確認することができた。
「青春のトキワ荘」はフィルムドキュメントの名作だと思った。撮影の吉田ヒデさんがいきいきしている。とにかく、この「物語」のミソは、トキワ荘伝説の高名な漫画家たちでなく、ここから弾かれたり去って行ったりした人物に注目していることだ。
日本漫画史を彩る綺羅星のごとき作家―手塚治虫、藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫、水野英子・・・。功なり名を挙げた人たちだ。光の部分である。
影の部分。トキワ荘を離れて、漫画の世界から遠ざかり再び戻った、森安なおや。赤塚や石森と同輩にもかかわらず、現在は建築業のわたり職人となって、密かに漫画を描いている。11年かけて描いた漫画を、出版社に売り込みに行く様子をカメラはシビアにとらえている。彼が描いた漫画は、岡山の小作農の倅が運命に翻弄されて、太平洋戦争で18歳で死ぬという内容。原稿を見る出版社の編集者の目は厳しい。森安の絵もセンスも今とはずれているということで、とまどいを隠せない。不安げに見守る森安の顔に、視聴者のワタシも引き込まれる。
もう一人、影の国に住む漫画家がいる。トキワ荘の兄貴分で若い漫画家たちに影響を与えた寺田ヒロオ。彼は、昭和40年の時点で、トキワ荘を出て、遠く茅ヶ崎に新居を建て引きこもってしまった。商業主義に毒されてしまった少年漫画に見切りをつけたのだ。
番組は、トキワ荘での送別会・同窓会に収斂していく。老朽化したアパートが取り壊されることになり、かつての住人たちが集まって同窓会を開くことになる。巨匠たちがいそいそと仕度をして昔ながらの肉なしキャベツいためを作ったり、かつての姿を撮影した8ミリ映画を試写したりして、往時を懐かしむ。この宴に手塚を初め、ほとんどのメンバーが来る。森安も端っこに座っている。そのなかで、ただ一人、寺田は来ていない。
画面は切り替わって、茅ヶ崎の寺田を写す。今度の同窓会には行かないのかと訊くと、寺田は「行かない」と答える。懐かしくはないかと続けると、「いや、いいよ。トキワ荘はこの心の中にあるから」と答える。この言葉が深く沁みる。この言葉を味わうことができるように丹念に構成されている。それだけでも、この番組は成功していると思う。
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