純情徘徊二重奏
目白、高田馬場、大久保、新宿、代々木、原宿、渋谷、恵比寿、目黒
山手線で18分かかる。途中に渋谷と新宿という巨大な町があって、電車はそこで大きく人の流れが変わる。だから何だといわれると弱ってしまうが、この二つの町のことが気にかかる。たしか、白土三平の「赤目」に二つの町の名前の由来があったと思うが――。
昨夜遅く、目白の寒風のなかを歩いた。人影の絶えた町をほっつき歩いて、駅に向かう。その直前に入った居酒屋で私は定期入れをなくしたことに気がついた。一瞬酔いが醒める。クレジットカードは別にしてあるが、身分証明書と定期券が入っている。所持金は2000円ほどだが、2つの券は失うと手続きが面倒だ。しばらく途方にくれた。南長崎の二俣交番には灯りがあった。居酒屋の近くの交番だから、一応届けようと思って、戸を開けた。
気のよさそうな中年の警官が座っていた。「えーと、財布を落としたのですが・・・」と切り出す。
警官は私に椅子をすすめて、「では、この用紙に詳しい経緯を書いてください」とA4大の紙を渡される。住所と電話番号、年齢を記す。「どんな財布なのかも書いてください」と促されて、黒の二つ折りの定期入れと書く。なかに入っていたものもできるだけ詳しく書いて、運転免許証なんかもあったらしっかり書いてと、中年の警官から代わった若い警官が言う。
(あれ、なんで、そんなことを知っているのだろう。たしかに財布に運転免許のカードを今日にかぎって入れていたはずだ。ひょっとしたら、財布はこの交番に届いているのかしら。)
私は慌てて、免許の記載内容を詳しく書いて、若い警官に提示した。
警官は隣の部屋に行き、ビニールに入ったものをぶら下げて戻って来た。私の黒い財布が入っていた。よかった。どうやら、目白駅から乗ったタクシーのなかに置き忘れて、この交番の前で私は降りたようだ。いい運転手さんだったので財布を交番に届けておいてくれたらしい。かくして、財布は無事回収できた。二人の警官に私は何度も礼を言って交番を出た。
再び、目白にタクシーで向かう。がらがらの町を車はビュンビュン飛ばし、1分ほどで着いた。山手線のホームの階段を降りていくと、ちょうど電車が発車したところだった。次の電車がまで5分ほど間隔がある。ベンチに座って待つことにした。吹き抜けのホームは寒い。酔いがすっかり醒めた。
電車が来て、5号車に乗る。3人がけの端が空いていたので座る。車内は暖かいので目がとろとろする。新宿までは覚えているが、後は夢のなか。
でも、まあ、こうやってパソコンを打っているのだから、無事に帰り着いたのだろう。こうやって、記憶は砂時計の砂のようにぼろぼろと零れていく。
あ、思い出した。昨夜の居酒屋で京都から来た葱男さんと五木寛之のことで言い争ったことを。争うというほどでもない。互いに好き嫌いに分かれて言い合っただけだが。4歳下の葱男さんは京都で染色の工房を開いているといっていた。金を節約するために深夜バスでこれから帰るのだが、その前に酔っぱらっておくと楽だと笑っていた。笑顔がよかった。
なぜ、そんな町に行ったのだったか、そこが思い出せない。純情徘徊二重奏。
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