嘘つきカモメ
太宰治は嘘つきだそうだ。檀一雄と二人で熱海へ逃げたことがある。そこで、二人は芸者の総揚げをやって大散財をしでかした。
もちろん二人には有り金がない。そこで、太宰だけ上京して工面することになった。その間、檀は人質である。
檀はハリムシロで太宰の帰りを待った。ちっとも帰って来ない。しびれをきらして、借金をした相手には平身低頭して理由を言って、東京へ帰らせてもらった。
太宰の行き先はおそらく師匠の井伏鱒二のとこに決まっている。檀は一路荻窪の井伏邸をめざした。
おとないを入れて井伏の書斎に通されると、縁側で井伏と太宰は悠然と将棋をうっていた。かーっとなって檀は「どんなつもりだ」と太宰に怒鳴った。
すると、太宰はこう答えたそうだ。そばにいた井伏が記憶している。
「待つ身より、待たせる身のほうがどれだけ辛いか」
井伏も呆れた。ぬけぬけと嘘を言っていると感じた。
こんな太宰の言は嘘の域には入らないかもしれない。友だちもそうだが、親、兄弟にももっともらしい嘘をつきまくっている。
太宰のすごいのは、嘘をついて呵責を感じるどころか、その嘘のような状態に自分はあるのだと,自分で納得してしまうことだ。本人にとっては悪気はなく嘘をつくことになる。
そもそも小説なんて嘘を書く商売だ。その点においては「天職」を太宰を選んでいることになるか。
太宰は日本浪漫派というグループに属していた頃は、中原中也ともいっしょだった。この人も個性がつよい。自己チューの人だ。
こんな二人が顔を合わせる会合というのはどんなものであったのかしらむ。
友に裏切られたはずの檀一雄は、後年、ニューヨークのホテルで太宰のもとへ行きたいと自殺を図ったと、「火宅の人」に記している。太宰は嘘つきカモメでもけっして憎まれるところがなかったようだ。この檀が滞在したグリニッジビレッジのホテルを私は檀ふみさんといっしょに取材したことがある。8階の部屋だったと思うが、窓から下をのぞくとかなりの高さで恐怖感があった。たしかに、檀はそこで太宰を思って煩悶しただろうが、自殺を図るというのは事実ではなく小説の企みだなと思った。つまり、小説家檀一雄も嘘つきカモメということか。
友に裏切られるという言葉でふと思い出した。太宰は友情の名作「走れメロス」を執筆している。この熱海の事件のあとに、メロスを太宰は書いているのだろうか。とすれば、自分の不人情を棚にあげて、美談までこしらえあげるとは、嘘つきカモメもたいしたものだ。
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