フロイトのイタリア
あのフロイトのことだ。無意識を発見したジーグムント・フロイト。
表記するときいつもフロイドと書きそうになる。ヒトラーもそうだ。ヒットラーと書きそうになる。これは私の無意識部分に触っている気が少しするのだが、今はいい。
ウィーンに住んでいたフロイトは生涯にわたり20回ほどイタリアを訪問していて、その名著「夢判断」にも大きな意味をもっていると説く本が最近出た。『フロイトのイタリア』(岡田温司著/平凡社)。岡田は京大の西洋美術の先生だ。いかめしい表装の本だが、読み出すと判りやすく面白い。フロイトの住むオーストリア、ウィーンからアルプスを越えて南下して、光の長靴の半島イタリアに向かう。この行為そのものが、自分の意識を降りてさらに下層にある無意識にたどりつくという地形的なものと相関しているのではないかと、岡田は考えているらしい。(まだ3章しか読んでいないからあくまで私の予想)
フロイトはイタリアでもとりわけローマに憧れているのだが、最初からそこへすぐには行かない。数度、ローマ近くまで行っておきながら足を踏み入れず、実際に入るのは数度めである。最初にイタリアに入ったのは北端のトリエステで、彼が大学生のときだった。2回目はそれから20年後の40代だ。そして、それから数年後に憧れの地ローマへ入城する。なんと長い迂回か。これを岡田はラカンの言う対象aのようなものではないかと説明している。
《「イタリア」を制服すべくフロイトは、幾度も挑戦を試みては、達成感とともにいつも挫折感を味わわされる羽目になる。彼にとって「イタリア」とはおそらく、主体がそこに到達しようとしても到達しきれないまま、その不在の中心を回っているような対象、つまりラカンのいう「対象a」のような存在だったかもしれない。》
この「伝記」で興味を惹かれたのはフロイトの「鉄道不安」だ。フロイトは汽車の旅が相当苦手であったようだ。いつ抜けるともしれないトンネル、グラグラ揺れる車両、息のつまりそうな煙、からからに渇く喉。フロイトはいつも悩まされていた。鉄道が欧州全域に広がりつつあった19世紀後半から、この鉄道恐怖症は新しい病として当時出現しつつあった。列車事故の風聞もまた「外傷性ノイローゼ」を促進させたろう。あのディケンズも列車事故に遭って、その後トラウマを抱えたと岡田は書いている。なるほど文明の利器はまた新しい病を作るものなのだ。
ウィーンからイタリアまで汽車でアルプス越えをしていく旅、まるで心の旅そのものじゃないか。しかも乗り物は閉ざされた空間で、たえず圧迫されながらその恐怖と戦いながらでないと、光の国イタリアに到達できないという構造。この本は面白そうだ。かなり部厚いのだが、とにかく読破しよう。
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