定年再出発  


懐かしい空
by yamato-y
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最新のコメント

若葉風に吹かれて

広島にまた来た

一昨日から広島に行き、来週放送予定の企画のロケに立ち会ってきた。行くとき東京は冷たい雨が降って最悪のコンディションだったが、新神戸を越えたあたりから天気は回復し、広島に着く頃にはすっかり晴れていた。
太田川本川、元安川、天満川、太田川放水路、どれも水を満々とたたえて美しい。やはり広島は川の町だ。その川筋を包むように並木の緑が光る。新緑はまさに光り輝いていた。

 戦争やテロで倒れたオリンピック出場者(選手だけでなく役員も含む)オリンピアンの話題を追っている。この町に住んでいたひとりのオリンピアンにスポットを当てて、その生涯を浮き彫りにしようと太田川放水路まで足を運んだ。詳しい内容は、来週金曜日の放送を見てほしい。

 平和公園に行き、原爆資料館で戦前のスポーツ事情や原爆後障害の記事を探した。現在、資料館の一部は耐震工事の改修が行われていて、展示物がいささか減少してちと寂しい気もするが、おおぜいの欧米人が訪れていることに感銘を受けた。

 本日、本川の川べりで撮影をした。ドームを遠望すると、公園の緑の海のなかにぽっかり浮かぶ浮標(ブイ)のようだ。本当に緑が美しい。原民喜が「永遠のみどり」という詩を書いてあることは1993年に同名のドキュメンタリーを作ったときに知った。「ヒロシマのデルタに若葉うづまけ死と焔の記憶に よき祈りよこもれ」。まさに、今日見た平和公園のデルタの姿だった。しかし緑でどれほど励まされようと、被爆の記録と記憶を目の当たりにすれば、粛然とならざるをえない自分を発見する。
 あの日、おおぜいの学徒が熱い焔に焼かれ、この川のほとりで苦しんだことを思えば、あざやかな緑もどこか翳りを帯びた気がした。

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# by yamato-y | 2018-05-11 23:26 | Comments(0)

毎日が黄金週間

これといって変わりなく

世間は連休で華やいでいるようだが、身共にはさっぱり影響などない。当然か。齢七十にしてほとんどの「公職」から降りた身の上では、新たな風など吹くわけもない。
この数日は近くに出来たタリーズのテーブルにどっかり腰を下ろして、読書とパソコンの三昧に明け暮れておる。テレビを見ても新たな発見興奮を催すようなものも多くなく、定時のニュースの看板だけ見るということが続いている。あれほどテレビ人間だった我が身の変わりように自ら呆れている。
その代わり、新しい図書館をまた開拓した。現在の住所は品川区だが、外れで周りは港区と目黒区が隣接している。これまで目黒川沿いの目黒区民センター付属図書館を利用してきた。スポーツジムも傍らにあって利用しやすいのだ。難点は蔵書が新しくもなく古くもない中途半端なこと。4年ほどの間に読みたい本がすっかり減った。
困っていたら、港区の高輪図書館を見つけた。方角は目黒と真反対だが、距離はほとんど同じ。なにより新しい作品が多いことが嬉しい。と言って、本日借りたのは青柳いずみこ「青柳瑞穂の生涯ー真贋のあわいに」。これを夕方から読み始めたのだが滅法面白い。瑞穂の骨董噺は以前から聞いてはいたが、これほどたいしたものだとは知らなかった。作者は瑞穂の孫娘。ピアニスト、音楽評論家としては知られているが、かくも文学や骨董に造詣が深いとは知らなかった。文章も達者だ。とにかく今夜はこれに没頭することになるだろう。

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# by yamato-y | 2018-05-02 20:59 | Comments(0)

瑠璃色の週末

瑠璃色の週末


水曜日から京都へ出た。フランスのクラシック界を代表するリュドミラベルリンスカヤさんのぴあの演奏会に立ち会うことがまず第一目的。例によって、このコンサートの仕掛けは若林暢財団がすべてをしきっている。つまり橋本女史の深いみむねで、大学の1ほールを活用して、「楽譜のメディア性」というレクチャーコンサートが開かれたと言って過言ではないだろう。「イベント」は第1公演と第2公演の2部になっていて、一部は杉本ゼミの学生たちへの授業。そして2部は市民への演奏会となっていた。

午後3時半からの2部は予想以上のオーディエンスが集まり、充実した音楽会と なった。春の穏やかな昼下がり、京大農学部の益川ホールでは熱い音楽会が開かれていた。むろん、このイベントの目的は、「若林暢を偲んで」ということであった。

長時間の緊張が解けた打ち上げではリュドミラさんをはじめスタッフははしゃいだ。それほどコンサートは充実し愉快な時間だったのだ。


この打ち上げを終えて京都駅に向かう。私は前日発生した課題を解決するため広島へ飛ぶことになった。忙しい、でも楽しい。


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# by yamato-y | 2018-04-14 18:55 | Comments(0)

春たけて/花はどこへいった

花はどこへ

今年(2018)の春も長けていく。たけるは門構えに東を挿入したような字だがパソコンで転換しても出てこない。だから春が深まっていくを長けるとしておく。金沢大学の前身旧制四高の寮歌に、「北の都に秋たけて」というのがある。入学したての頃に習って、宴会では大声を張り上げたものだ。そのときこの長けるという言葉を覚えた。季節が深まる、成熟するというような意味だ。この言葉は秋より春のほうが相応しいと私は思うのだが、いかがだろう。

 先般、松本の旧制松本高校記念館で、各地の寮歌を聞かせるコーナーで久しぶりに「北の都に」を聞いて、たけるという言葉が懐かしくなった。
 桜の時期も先週末あたりで終わった。今年も目黒川にはおおぜいの見物客が押し寄せた。とりわけ外国人の姿が目についた。いつも通っているスポーツジムが目黒川の川沿いにあって、朝早くから賑わっていた。2年前から宴会禁止となって、花見にはよい環境が整った。
 桜若葉となってからは観光客もめっきり減って、保育園の園児たちの手つなぎ散歩が見られることがうれしい。おそろいの黄色い帽子、ちっちゃな足下、ピーピーさえずる口元、みんな愛らしい。ときどき目が合うとじっと見つめてくる。そのまっすぐなまなざしについ感動してしまう。

 松本へ行ったとき甲府盆地の山間で山桜を見た。平地の桜とちがって色が淡く、枝も細く、楚々としていた。万緑の中にぽっとともる山桜、心に沁みる。奥田元宗の桜を思いだした。

 恵比寿の駅から渋谷に向かう明治通り、澁谷橋を越えたあたりからしだれ桜の並木が続く。
枝垂れは本桜より花の時期がやや遅い。桜が満開の頃もしだれはまだ花を持たない。そのときもそうだった。私の前に同世代かやや年少のおばさんが4,5人歩いていた。「花が遅いわね」「まだ時期じゃないんでしょ」「花はどこへいった」と言って大笑い。
 思わず顔がほころんだ。この話柄は今の若い人に話しても通じないだろうなあ。

 昭和40年、フォークブームが始まった。みんなギターを手にした。私はヤマハのフォークギターが欲しかったが、値段が高くただのガットギターにカポタストを嵌めていた。歌いたかったのはピーターポール&マリーの曲「パフ」や「500マイル」。なかでもコード進行が簡単な「花はどこへいった」がお気に入りだった。名手ピート・シガーが作ったこの曲は反戦歌の名作と言われた。ベトナム戦争が世界を覆っていた時代だ。
where have all the flowers gone
花はどこへいった
野に咲く花はどこへいった、少女が摘んだ。少女はどこへいった、男の嫁にいった。男はどこへいった、戦場いった。そして男は戦死して、墓へ入った。その墓は花で飾られた、というような内容の詩だった。歌の真の意味はつかめず、花はどこへいったという表現が好きで、歌っていたと思う。歌いながら、花はどこへいくというのはどういう現象かなと小首をかしげながら歌っていた。
 おそらく件のおばさんたちもいつも不思議に思っていたのだろう。だからしだれ桜の「花はどこへいった」という言い方がぴったり状況とはまって、みんなで納得の大笑いになったんじゃないかな。

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# by yamato-y | 2018-04-04 12:24 | Comments(0)

早春の松本

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早春の信濃路

昨日から松本に来ていた。春から始めたオリンピアンの取材のひとつとしてだ。
今から80年も前の、ロサンゼルスオリンピックに出場した選手の遺族を追ったのだ。その人物は水泳1500㍍のTさんだが、むろん本人は現存しない。太平洋戦争末期の南方の作戦で戦死したということになっている。その遺児が松本に住んでいると聞いて私は足を運んだ。
春3月に信州を訪れるのは20年ぶりではないだろうか。大月から列車が谷を登って行くにつれ久しぶりに心が轟いた。山々の峰に純白の雪渓が輝くのを見たからだ。まさに「白きたおやかな峰」だった。何か遠い昔にした忘れ物を取り戻しに行くような錯覚をもった。

 お目当てのTYさんとは長時間にわたり話を聞いた。昭和16年生まれのその人は3歳のときに父が出征したのだからむろん記憶などない。だが母から聞いた父の肖像をその人はいきいきと語ってくれた。むしろ、父が戦死したあと、女手ひとつで二人の男子を育てた母親のポルトレに時間が多く割かれたと言っていいかもしれない。詳しくはまた別稿で語ることにしよう。

今朝、信濃毎日新聞の縮刷版を読もうと思って、縣の森の図書館へ行った。そこは旧制松本高校の校舎をそのまま保存した施設で、建物の一部は旧制高校の資料館展示館となっていた。あいにく図書館は休館だったので、その資料を見学して帰ることにした。それぐらいの気持ちであったが展示された種々の展示を見るうちに、何か青春の迸るようなものを感じて呆然とした。
あの北杜夫が松本高校に在籍していた、そのことは知っていたが、彼の在校時代に書いた寄せ書きなどを読むにつれ青春のほとばしりをじわじわと感じ入ったわけだ。
陳列のなかに、旧制高校のナンバースクールの校歌、寮歌を聴かせるコーナーがあった。思わず、私の出た学校の前身四校の「北の都に秋たけて」のボタンを押して、その曲に聞き入ってしまった。気がつくと誰もいない展示室でひとり聞きふける七十の男というのもおぞましいが、そうは言っていられないほどせっぱつまったものを、そのとき持った。
展示の終盤で、旧制高校を卒業した有名人というコーナーがあって、そこに井上靖の詩「流星」が掲げられていた。四高の先輩である井上が、その昔内灘砂丘に身を横たえて見た流星を叙述した作品で知ってはいたが、この場面でそれを目撃すると思いはひとしおとなった。

ほほを紅潮させて松本高校の門を出ると、正面に残雪の美しい常念岳が見えた。まさに、北杜夫が描く「白きたおやかな峰」。今口を開くと、この夢のような時間が消え入りそうで、私は黙したまま松本の駅までひたすら歩いた。

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# by yamato-y | 2018-03-31 23:22 | Comments(0)

水仙と

水仙


寒い日が続く。毎朝通うジムも人が少ない。朝一番はとしよりにはこたえる寒さだ。目黒区民センターの周りにはプールやテニスコートがあるスポーツ公園だ。至るところに植物がある。ケヤキの根方に今日

水仙が黄色いはなをつけていた。春が間近だ。

よく見ると、水仙の茎が途中から折れて地に跪くようになっているのがある。同情したくなるが、でも花は毅然と咲いている。少しもひくつになっていない。


自宅まで戻って来ると、家の前の駐車場の山茶花がほんのわずかだけ白い花を残していた。一冬持ちこたえていたのだということに気づいた。


最近、口には出さないが愚痴が多くなっている。つまり腹の中に溜まっている。ドカンと爆発してやりたいが、それも古希の矜持を破壊するからそんな愚かなこともしたくない。まあ、花の命でもじっと見つめるか。

水仙や倒れしままの花一輪


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# by yamato-y | 2018-02-23 14:32 | Comments(0)

坂の数

坂の数

 朝10時から始まる渋谷の料理教室に間に合うよう、目黒の家を9時に出た。予想通り宮益坂の教室に到着したのが955分。日頃、スポーツジムで303キロを歩いているから、時間計測に狂いはなかった。やや満足。

男の料理教室には同世代が20人ほどいた。みな退職した年金受給者の匂いがする。本日のレシピは豚の生姜焼き。2時間かけて作り上げ、ツナのポテトサラダも添えて、事後にそれを食した。うまかった。薄力粉というものの威力を初めて知った。今度、家で生姜焼きを試すときにもこれを使ってみよう。

 帰りも天気がいいので歩いて行く。往きは目黒→ガーデンプレス→恵比寿駅→渋谷東町→渋谷警察署→宮益坂のコース。帰路はルートを変えた。道玄坂→代官山→恵比寿駅→目黒三田→JR目黒駅。代官山ではツタヤ書店に寄道して珍しい本を漁ること2時間。風は冷たいが晴れていて気持ちがいい。ふるさとが豪雪で苦しんでいると思うと申し訳ない気にもなったが――。目黒―渋谷間往復、計19807歩。13.8キロぐらいか。

 このルートでは大きな坂道が、ガーデンの丘、道玄坂、代官山、の3つがある。小さな坂道は20以上、やはり東京山の手は坂の町だ。

 昔、古馴染みからこんな話を聞いたことがある。「生まれた所で、臨終したら、その人の生涯で上った坂と下った坂の数は同じだということだ」

 何を寝ぼけたことを言うのかと、そのときは呆れていたが、今となってみると含蓄のある言葉に思えてならない。なるほど、私が誕生した大津市上平蔵町で瞑目することになれば、上った坂の数と下った坂の数は等しいということになる。そういう律儀さもあっていいかなと思う。

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水仙


寒い日が続く。毎朝通うジムも人が少ない。朝一番はとしよりにはこたえる寒さだ。目黒区民センターの周りにはプールやテニスコートがあるスポーツ公園だ。至るところに植物がある。ケヤキの根方に今日

水仙が黄色いはなをつけていた。春が間近だ。

よく見ると、水仙の茎が途中から折れて地に跪くようになっているのがある。同情したくなるが、でも花は毅然と咲いている。少しもひくつになっていない。


自宅まで戻って来ると、家の前の駐車場の山茶花がほんのわずかだけ白い花を残していた。一冬持ちこたえていたのだということに気づいた。


最近、口には出さないが愚痴が多くなっている。つまり腹の中に溜まっている。ドカンと爆発してやりたいが、それも古希の矜持を破壊するからそんな愚かなこともしたくない。まあ、花の命でもじっと見つめるか。


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# by yamato-y | 2018-02-08 20:15 | Comments(0)

今や42歳

久しぶりに見た番組

先日のアーカイブスは、「五つ子ちゃん」のドキュメンタリーを放映していて、偶然テレビを点けると見覚えのある幼稚園のシーンだったので思わず見入った。
女の子3人、男の子2人の懐かしい5人の顔がコロコロ並ぶ。その仕草だけで可愛い。構成は時系列のシンプルなものであったが、カメラがよくおいかけていることに今回改めて思い知った。しかも当時の時代的限界だったかもしれないが、妙なビッグクローズアップがない分、番組が落ち着いていた。今だったら、取材する側がはしゃいで聞くに耐えないようなコメントが連発されるような甘々の映像ばかりになったであろうが、この頃のカメラマンや音声マンはけっして矩を越えない。
医療情報などの提示の仕方はさすがに古臭い。画像の組み立ても手作り感が強かった。それが悪いというわけでもないのだが。
今回もやはり幼稚園受験のお稽古のシーンが心に残った。いい場面というのは朽ちることがないのだとひとりごちた。
でも普通のサラリーマン家庭の子育てが二桁の視聴率を獲得するほど、この時代は長閑だったのかなあ。主観的にも随分苦しい時代だったと認識していたが。
話は変わるが、日曜日に映画「パターソン」を見た。久し振りのジャーミッシュ監督の作品は心に沁みた。なかでも友情出演の永瀬正敏がいい。こんな後味のドキュメンタリーを作ってみたい。

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# by yamato-y | 2018-02-06 22:52 | Comments(0)

花の影

朝倉文夫の「花の影」

毎朝通うスポーツジムの前に大空に向かって両手をいっぱい広げた少女のブロンズ像が立っている。明治期の彫刻家朝倉文夫の作品だ。一年中立っているが、冬のこの時期が一番美しいと私は考えている。広げた両手の先に冬の大粒の光が注ぐのだ。美しい。朝倉文夫という人の底知れぬ才能を思い知らされる。
先日降った雪が日陰に残っている。消え難ての雪というやつだ。土が混じって薄汚くなって白銀の面影はなくなっているが、何か健気なものを感じてこの雪泥が捨てがたい。
花壇には春に先駆けて、葉牡丹、シクラメン、すみれが咲きほこっている。雪泥と格段の華やかさだが、それほど羨ましいとは思えない。いやそう思っているのは私であって、雪泥はどうなんだろう。

大雪から5日ほど晴れ間が続いたが、今夜からまた降雪となるらしい。すると、雪泥はたちまち生気を取り戻し、春花はすべて萎れることになるのだろうか。

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# by yamato-y | 2018-02-01 20:03 | Comments(0)

小トリップ5 白山から大塚、南長崎

小トリップ5 白山から大塚、南長崎

三田線で白山まで行ってA3の出口を出ると目の前に白山神社があった。東洋大学本部と隣接したこの神社が、地名の由来となっている。急な坂を上っていくと、立派な石碑に「白山」の文字が刻まれていた。あいにくの寒さで訪れる人は少なく大きな銀杏の木が寒々しく立っていた。こんな風情も悪くない。

 東京十社のひとつで由緒のある社だが、現在は境内の過半を駐車場となっている。本殿の脇に絵馬が奉納されていて読むとそれぞれの事情が垣間見えて面白い。家内安全と合格祈願が大半だが、いくつか復縁祈願が混じっていてすべて女名前だった。いまどきの女性がこんなおぼことは意外だ。

 神社の界隈は大正時代は花街だった名残か飲食店が多い。白山坂上まで上がって、大塚方向へ足を向ける。東洋大学本部、立派なキャンパスだがモダン過ぎて味がないなと呟く。

千石の地下鉄駅を左に見て、さらに奥へ。だらだらと商業地区が続くだけで何もない。速足で文京の北部の丘をぬけていく。坂が下り気味になって、町内地図看板を見ると左方向に小石川植物園とある。さっそく向かった。

 夕暮れて閉園間際の植物園。訪れる人はなく広大な日本庭園がひっそりとあった。私が入ったのは裏門でここからは入場できない。時刻を見ると4時半を過ぎており見物をすること断念。今度正門からゆっくり見ることにしよう。

 茜さすプラタナス通りを抜けて一路大塚駅へ。都電荒川線を横切ってJR大塚の駅舎でまず小用。およそ1時間半の小トリップだった。

 大塚から二駅、目白で下車。日没寸前の目白通りを南長崎に向かって歩く。私の好きな旧トキワ荘のある町を目指した。

520分。おめあての酒どころ「ぽん太」に着く。開店は5時半だが無理を言ってあけてもらい準備で忙しいカウンターに座る。俳句仲間のぽん太、鉄馬さんの店だ。この19年続いた店も3月で閉めるということで名残惜しく、木枯らし酒を飲みに来たのだ。およそ1時間高清水を2合飲んだ。まぐろとタコの刺身、スペイン風オムレツ、蕪の葉のおひたしなどを肴にして、俳句仲間の動静を噂した。

 目白の駅に戻ったのは午後740分。目黒まで戻った。

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# by yamato-y | 2018-01-21 10:05 | Comments(0)


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