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4年無病

4年無病

ついに大風邪をひいた。先週末から体が冷えたのかなと感じることが増えていた。ジムに通うようになって病知らずの状態が4年続いていたのでタカを括っていたこともあろう。まだ大丈夫とあちこちを出歩いていた。国会図書館まで往復なんてことも数回やっていた。それが日曜日になって急に喉がいがらっぽくなり、体が重く感じられるようになった。めしもまずくなった。何を食っても味がしない。

 週が明けてもいっこうに上向かず、火曜日に竹先生の鍼を打ってもらった夜などは足取り重く新宿の町をふらふらと歩いた。止せばいいのに、熱燗を2本飲んでゲン直しとやったのがいけなかった。その夜、ついに一晩中ゲーゲー吐いたり頻発する咳にやられたりでグロッギー。パブロンを飲んで厚着をして、寝汗を幾度もかいた。ようやく風邪を引いたと実感し、おとなしく朝を迎えたが、それでも改善しない。

 昨日の木曜は3つほどアポがあったので、渋谷へ出て行く。とにかく美味いものを食べて活力をつけようと寿司清で握りランチを食す。だが味がしない。シャリの甘酸っぱい香りがない。マグロもイカも砂を噛むごとく。

最初のミーティングは司会なのでメンバーの言っていることをよく理解しなくてはならないのでだが耳が遠くなって、自分の声がワンワン響く。冒頭に風邪でよく聞こえないので申し訳ないと釈明しながら始めたがおぼつかない。聞き取りが半分出来ないままなんとか終了に持ち込んだが、そのあと、番組の構成打ち直しで3時間はかかりそうだと恐怖したが、メンバーの都合が悪いので日延べとなりほっとする。ふらつく足取りで目黒まで戻り、夕食もとりたくないままベッドに潜り込む。

 目が覚めると午後7時を回っていた。無性に果物が食べたいと思ったが、あいにくない。近所のアトレで買ってくるかと思うが出歩かないほうがいいと家人に止められる。家人もこの2週間風邪で倒れて八方塞がりとなった。

 思い直して熱い風呂に入って、辛いカレーを食べて、薬を飲んで、セーターまで着込んでベッドに入る。そのまま眠る。

 午後11時目を覚ます。汗をぐっしょり掻いていた。着替える。ぬれた体を乾いたタオルで拭くと気持ちがいい。すこし聴覚の不快がおさまってきたか。

 深夜1時までパソコンをいじり、そして寝た。

 明け方、午前5時、午前8時と目が覚め、下着をかえて現在に至る。鼻をかみ過ぎて左の小鼻が痛くなっていたが、やや噛む回数が減った。久しぶりに病気の不快を味わい自覚した。

 考えて見ると、4年間医者知らずというのはおそらく最長ではないか。それほど体調が良かったのだ。だが好事魔が多し。一瞬にして春風邪に突き崩されて、気息奄々となった。未だ残咳あり、週明けまで要警戒。

 老人になったら(今もそうなのだが、後期高齢者になったら)、こんなふうに耳は遠くなり目はかすみ味はなく、体が重いという苦難が待っているかと思うと、健康を保つことの重要さをしみじみ思う。頭では分かってていてもなってみないと実感出来ない自分の卑称さに自己倦厭。


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# by yamato-y | 2019-04-19 09:12 | Comments(0)

日吉の丘

日吉の丘

 2ヶ月ぶりに動画作りを教えているジャスミンのオフィスに行った。ジャスミンは知的障害を持った人たちの授産施設が本業で、他にグループホームをいくつか所有している。メンバーは養護学校を卒業したばかりの若い人から50代の女性までおよそ30人が横浜の日吉にあるオフィスで働いている。午前中は中華菓子を作り、昼からは三々五々お話をしたり楽器を演奏したり太極拳を演じたりしている。

 午前10時前に行くと、全員で太極拳の体操を始めていた。みんなすごく愛想がいい。私を見つけると寄ってきて「こんにちは」と声をかける。発語できない人も指で話しかけてくれる。指導をしている先生がいつもより多いのでそのことを言うと、今年ジャスミンに入社してきた新人の先生だった。責任者はクァンさん。日本の大学で学んだ中国の人である。在住して20年になるそうだが、日本語は未だ得意ではないらしい。でも一生懸命コミニュケーションを取ろうとする。何事にも一生懸命の人だ。

 去年の春から、このメンバーたちに映像の撮り方や編集の仕方を教えてきた。これまでに、横浜の障害者フェスティバルに出場した演劇や浅草の町の紹介リポートなどを作ってきて、最終目的であるパラスポーツに出場する仲間を描いたヒューマンドキュメント「市川君の3000メートル」に去年の秋から取り組んで来て、ようやく作品が完成し、その最終試写を本日メンバー全員といっしょに行った。

 市川君は話をすることは出来ないが、こちらの言っていることは分かる。ジャスミンのメンバーはいわゆる言葉を介さなくても市川君の気持ちは理解できるらしい。取材を終えて別れるときいつも「いちかわくん、ありがと」と繰り返すと、市川君は指を立てて“返事”をしている。

 撮影は3台もしくは4台のスマホのカメラ。編集はディレクターの金沢君が中心になって音楽を入れたりテロップを入れたりしてパソコンで作り上げた。これまで3回ほど試写をして、改善点を指摘してきたが、金沢君はその都度クリアしてきた。さて、今日で最終決着がつくか、半ば期待し半ば不安を持って試写に臨んだ。

 番組の尺(長さ)はおよそ20分。舞台は市川君の自宅と横浜日産フィールド小机。場面は自宅で練習前の支度をする市川君の様子。自宅から会場までの車移動。会場の日産フィールドでの準備体操から本番。なぜカメラが複数あるかというと、1400メートルを走る市川君を一人で追いつくことができないので、4人で分担してトラックの4分割を受け持って撮影したのだ。この中には選手の市川君と同じ早さで走りながら撮った沼さんのような豪の者もいた。

 さて、番組はどうなったかというと、物語が始まるや間然としたところがなく、するすると進み、最後に本番レースのラストの周回で市川君が苦しそうな表情を見せながら、それでも懸命に走り続ける姿をカメラはじっと見つめていた。見終わった後味が良かった。最後にずっと傍に居て見守っていたお母さんがインタビューで「練習はみんなと走るから大丈夫だけど、レースは一人で考えて走るのだよね。今日はよく出来たと思う」と答えていた。印象に残る言葉だった。

 

 予想以上に仕上がっていたので、私はジャスミンを早めに出て、慶応日吉キャンパスに向かった。ここの学食で鰤の煮付け定食を食べたかったのだ。12時を過ぎると新入生がどっと入るから、なんとしてでも昼前にと。小ライス、マッシュポテト、味噌汁、そして鰤煮、締めて380円。ヤスイ。

 学食は好きだ。あの若者の雑然とした野放図な姿があちこちにある風景は気持ちが安らぐ。トランプをしている67人の男女がいた。何が楽しいのかケラケラ笑っている。ぼっちメシを食べているのはほとんど男子。ファッションで気づいたのだが、女子の多くがGジャンを羽織っていた。長めのスカートだったりパンツだったり。

 食べ終わって、キャンパスの一番高い丘の「展望台」に立つ。向かいに矢上キャンパスを遠望する。ここがお気に入りの場所で、ベンチに腰掛けてぼんやりするのが好きだ。

 たんぽぽをぽぽと吹かば恋成就 登羊亭


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# by yamato-y | 2019-04-15 18:22 | Comments(0)

花の影

花の影

 今朝も目黒スポーツセンターのジムに行き一汗流した。終わって出てくるのが10時過ぎ。

朝の冷気は収まり、春の陽気がそこここに漂う。

ジムの建物から出ると石畳のヤードで、その端に朝倉文夫の彫像「花の影」がある。若い女性が両手を大きく挙げて太陽の恵みを受けるヌードだ。3年間、ずっと見てきたが飽きない。朝倉のとてつもない造形力、描写力に毎度感嘆している。四季いつも素晴らしいが、とりわけこの時期は興趣が深い。

 この像から5段ほど下った園庭に大きなケヤキがあって、この彫像と同じ形で枝の腕を大空に向かって上げている。まるで両者は対のようだ。そのケヤキに青い新芽が吹き出し始めた。葉が茂ると枝振りが隠れて興趣が下がるのだが、この時期はまだ枝が美しく彫像との釣り合いがとれて見心地がよい。

 このケヤキの奥が目黒川で今桜が満開となって、おおぜいの人で賑わう。その通りから少し引き込んだ場所に「花の影」とケヤキはあるから人混みもなくひっそりと鎮まり、この風景を独り占めできる。

 それにしても、朝倉はこの女性ヌードに「花の影」と名付けたことに驚く。この作品はむろんオリジナルでなく原型はおそらくどこかの美術館でもあるに違いない。だが、コピーであれこの作品はここが一番。タイトル通りの造形となっている。

 字面だけ見ると、花の影というのはあまいが、作品を置いて見ると納得する。大岡昇平の「花影」も重なる。

 先日、朝倉の次女響子制作のブロンズ像をどこかで見かけて、なかなかの力量に感じ入ったが、場所がどこであったか思い出せなくてもどかしい。長女の朝倉摂は舞台造形家として知っていたが、次女は知らなかった。私が見たのは帽子をかぶった少女像。父ほどダイナミックさはなかったが、慎ましい風情が心にしみた。

 彫刻家というのは親子の血筋は濃いのだろうか。朝倉文夫―響子から連想したのだが、高村光雲―光太郎、舟越保武―桂。佐藤忠良は娘がたしか女優だったはず。

 美術の中で彫刻ほどあからさまなものはない。少しのずれ狂いがたちどころに作品の優劣を醸し出す。巨匠と言われる人の作品でも惨いものがいくつもある。いわんや美大生の作品はなかなか佳作に出会うことはない。おおよそ平和とか希望とか愛とか仁とか大仰な言葉の入った作品は碌なものがない。

 谷中にある朝倉彫塑館に行ってみようかな。


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# by yamato-y | 2019-04-04 11:49 | Comments(0)

桜の、花の色

 蒼ざめた花の色

人生というものは一筋縄ではいかない。これも人生あれも人生、人生なんてこんなものさと悟ったようなことを言っても、いざ死という大波が来るとそんな人生訓なんて「屁のつっぱり」にもならない。

 自分の70年の短い時間をとっても、いろいろなことがあった。まったく予想すらしなかった一大事が発生し、死という言葉が一瞬過ぎったというようなことは少なくない。10指はあったであろう。こんな私の平凡な人生にしてそうだから、表舞台で活動をしている選ばれた人や重要な役職にいる人などは天国と地獄の間で木の葉のように翻弄されているという体験をたえず抱えこんでいるのだろう。

 昨日、戦前陸上競技で活躍した選手の遺族の方と会って、その選手の人生を取材した。その人は昭和6年から12年にかけて箱根駅伝で活躍した名選手だ。ちょうどベルリンオリンピックの頃で、この人も1500㍍の選手として国内予選に出場したが、惜しくも2位となり、オリンピックに出ていく機会はなかったが、箱根駅伝では2度もアンカーを務めている。

 大学を卒業後、満州の大連汽船に入社。羽振りのいい“国策会社”に勤めるため、彼は玄界灘を渡っていった。彼の住んだ大連は、中国大陸で事変が起きているとはいえまだ激しい戦火もこれといってなく、比較的平穏だった。そして結婚をして一児を得る。その息子さんと昨日会ったのだ。77歳となるその人は父とわずか1年ほどしかともに暮らした経験を持たない。昭和19年、現地で召集となった父とは別れ別れになる。だから父の記憶をほとんど持たない。

 母から聞かされたのは、父は身長が175㌢もあって、かもしかのような美しい脚を持っていたということ。神宮の競技場でおおぜいの声援を受けて、華麗に走っていたということ。

 父が出征したので、母子は日本へ一時里帰りする。そして半月後に満州に帰るのだが、汽船に乗船する段階で、子は小児ぜんそくの激しい発作に襲われ、大陸に戻ることを中止した。

 この中止は結果幸運となる。門司を出港した大陸とのその連絡船は対馬沖でアメリカの潜水艦によって爆沈させられた。昭和20年に入って日本近海はもはや危険な海となっていた。



 一方、父はソ連と満州の国境ハイラルの守備隊に転属となって着任。そして89日、突如ソ連軍は国境を越えて満州に侵攻してきた。気がつくと守備隊は全方位ソ連軍によって包囲された。もはや全滅しかない。この窮境を師団本部に伝えなくてはならないと部隊長は父に伝令を命ずる。814日のことである。深夜、父は二人の兵隊を連れて遙か200㌔離れた興安嶺の本部を目指して出て行った。父の消息はそこまでである。その後の父と兵隊の行方は分からない。戦死の公報もなければ遺骨もない。昭和37年まで「未復員」という状態が続いたと息子は語る。

 そして、翌815日、玉音放送が流れ、部隊は敗戦を知る。ソ連軍に降伏して武装が解除された。この部隊はシベリアに送られ、2年余りの抑留となった。

 2019329日。東京は花の季節をむかえた。おおぜいの人が花を求めて散策する。悪いことではないが、桜というのは瑞兆を指すだろうか。なんとなく死の匂いがしてならない。花びらは華やかなピンクではなく、寒さと悲しみに蒼ざめたほのかな桃色で、言祝ぐと言うより鎮魂を暗示しているとしか言いようがない。夕暮れの花冷えの大気の中で、満開の桜と向き合うとき、根方に死者がそっと立っている。そんな気がする。


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# by yamato-y | 2019-03-30 15:46 | Comments(0)

呉の街

瀬戸内の海辺で

週末、尼崎、御影、広島、江田島へ取材に行った。久しぶりのロケにアテンドした。

ある戦没オリンピアンの人生を追う取材だった。その人は74年前の317日に激戦地硫黄島で戦死した水泳の銀メダリスト。その遺族親族の証言を得ながら、彼の、鮮やかに輝きそして一瞬にして消えた流星のような短い人生を浮き彫りにした。詳細は今週日曜日の朝7時半から8時までの中のどこかの時間帯で放送されるので、それを見てほしい。

 久しぶりに瀬戸内の海を見た。江田島市大柿地区、昔は能美島と言われた地がその選手の故郷だ。そこまで行くのは昔は連絡船を使ったが、今では広島から陸路で呉まで出て早瀬大橋を渡って行くコース。日曜の朝だったから渋滞することもなく広島から1時間半ほどで現地入り出来た。


途中、呉の街を通過するとき、25年前の出来事を思い出した。その頃、広島局に私は勤務していた。単身で赴任したが、2年目に息子が中学、娘が小学校へ入学する時期を見計らって呼び寄せた。ちょうど今時分だ。桜の花が開き始めたばかりだった。東京の学校から突然親の転勤で広島の庚午中学へ連れて来られた息子は大変だったはずだ。働き盛りだった私はそのことに気づいていなかった。

 広島の中学では制服があった。青いブレザーだったと記憶する。ネクタイも締めていたのではなかったか。妹が「サラリーマンみたい」と冷やかしていた。小柄だったのでまだ小学生のようだった。大丈夫かなあ、地元の子供らとうまくやっていけるかなあと少し心配にはなった。

 我慢強い息子は愚痴も何も言わず、広島弁の飛び交うクラスの最初の授業にも積極的に飛び込んでいった。健気に立ち向かう息子の姿に、親として有り難いと感じるものがあった。

 身長はそれほどないのにクラブ活動はバスケットボール部を選んだ。シカゴブルズのマイケル・ジョーダンが全盛期で、息子は憧れていたのだ。だが庚午中学のバスケット部は県内でも有数の強豪校だった。部員も3桁に近いほどいたと思う。1年生でもかなりうまい選手がいると息子は晩ご飯のときに話していた。レギュラーなどは至難で、補欠のその他大勢組かと思ったが口には出してはいけないだろうと、自制した。普段ならきっと軽口をたたいて冷やかしたのだが、そのときはしてはいない。

 結局、その学校には1年しかいず、息子は2年生になったとき、大磯の中学校へ転校することになる。短い庚午中学生活だったが、バスケットの対外試合で呉へ行ったことがあると家人から聞いた。親と離れて旅行する機会などなかったから、そういう行動もできるようになったかと少し嬉しかった。でも小柄なブレザーの少年が呉の港町に降り立ったときどんな気持ちでいたのだろう。ロケ車に揺られながら、遠い日のことに思いを馳せた。

 大磯へ移って2年も経たないうちに息子は急激に身長が伸びた。バスケットボールをやっていたおかげかな。今では1歳の男の子の父だ。


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# by yamato-y | 2019-03-18 23:57 | Comments(0)

冬の終わりに

冬の星座を愛おしみ

 音楽の教科書で6年生のときに覚えた曲「冬の星座」。

♪木枯らしとだえて さゆる空より

 地上に降りしく くすしき光よ

 ものみなねむれる しじまの中に

 きらめき揺れつつ 星座はめぐる

アメリカのヘイスが作曲したとネットには書かれてある。初めて知った。てっきりヨーロッパの曲だと思っていた。覚えた年の冬は寒く、庭のニセアカシアの裸木にかかる三日月が心に残った。

 さて、先日国会図書館から三田を経て高輪、白金、目黒と歩いて帰った夕方のこと。日は少し残っていたが夜空がダークブルーに染まって広がっていた。白金の傍を歩いているとき、高台にケヤキの美しいシルエットが見えて、思わずカメラを向けた。その写真を添付しておこう。


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# by yamato-y | 2019-03-11 22:08 | Comments(0)

若林暢の新しいアルバムから

 若林暢の新作

 会ったこともないし演奏を聴いたわけでもないのに、この人の人生と私の人生がどこかで交わり、気がついたら骨がらみで心を奪われていた。なぜこんなことが起きるのか。それが音楽というものの力なのだろうか。

 彼女が演奏するヴィエニヤフスキの「モスクワの思い出」がはっきり言ってどこがいいのか私は分からなかった。それよりもショーソンの詩曲やブラームスのヴァイオリンソナタのほうがずっと高尚で品がいい作品だと思っていた。(今もこれらの作品が悪い作品とは思わないが)

 でも若林暢財団の橋本さんは「モスクワの思い出」を高く評価していた。フシギだった。こんなロシア民謡の「赤いサラファン」を下敷きにしたような俗っぽい曲のどこがいいのか。

先日、あらためて聴いた。ぼんやりしていたが、これはピアノの伴奏以外誰もいない。つまり暢のヴァイオリンだけの演奏だ。私のなかで幾人かの演奏家が束になって作っている楽音だと思い込んでいたが、これは全部暢一人がやっているのだということに気がついて落ち着かなくなった。「そんな馬鹿な」「これほど厚みのある楽音が一人で奏でるなんて」「きっと録音でそういう処理をしているに違いない」。しかも音の“出方”だけではない。フレーズというか、音の段落でのサイレンスが素晴らしい。和風で言えば間の取り方。

 これは若林暢が一人で奏でている。それが可能な技量と表現できる感受性を持っているから、と再認識した。暢の魅力はアンドロギュノス、両性具有性だ。小学生時代健康優良児に選ばれただけあって、骨格の太い素晴らしい運動神経の持ち主。一方、心根はもろ少女。夢見る夢子さんであると同時に男勝りの決断力。そして一途な思い。

 今ひらめいたのだが、この人と同じ印象は、ロシア語通訳の米原万理から受けたことがある。一度だけ米原と仕事をしたことがあるが、その折に感じた印象が若林暢と重なった。そういえば米原もあふれる才能を未完のまま先年若くして死去した。

 この「モスクワの思い出」を作ったヴィエニヤフスキはどういうつもりで作ったのかしらむ。属国ポーランドの出身で、宗主国ロシアに出かけていったヴィエニヤフスキはけっしてロシアを許容していたとは思えない。むしろ憎んでいただろう。ではなぜその地へ行ったのか。

 たとえ憎い相手とはいえ、ロシア民族のその音楽への造詣は深いと知ったヴィエニヤフスキは虚心にロシア民族の音に耳を傾けたかったのであろう。やがて耳にした民謡「赤いサラファン」の平易でもの悲し気なメロディはスラブの民の悲しみを深々と表していると彼は感じとったと、私には想像できる。それをモチーフにさらにヴィエニヤフスキがモスクワで感じた体験を重ねて、あのように原曲を脱臼させながら進行していく「赤いサラファン」変奏曲が出来上がったのではないか。

 このヴィエニヤフスキの作為を暢は楽譜を見たときすぐ読み取った(感じとった)。俗謡独特のあまさがある主メロディをあえて壊さず、だが次第に広がっていく「人生の悲しみ」を把握したヴィエニヤフスキの曲を暢独特の感性で描ききった「モスクワの思い出」。

 再現芸術として、作者以上のものを付加して作り上げた若林暢の作品。

――「魂のヴァイオリニスト・甦る若林暢」が2019年早春の今ヒットしている。山野楽器のランキングでは、クィーンの「ボヘミアン・ラプソディー」に次いで2位だという。どんな人が聴いているのか、我が事のようで嬉しい。


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# by yamato-y | 2019-03-08 22:34 | Comments(0)

冬の終わりに

冬の終わりの雨の日々

ここ23日冷たい雨の日が続いている。いったん仕舞ったダウンコートを引き出して、朝ジムに向かった。だが真冬と違って、200mほど小走りで行くと汗ばんでくる。やはり春が近づいているのだ。

 沈丁花が数日前から大気に漂っているのは気づいていた。だが花が見えない。まだあの堅苦しいサーモンピンクの刺々しい花は「可視化」していなかったが、本日白金の庭園美術館の前を通ると、まさに馥郁と香ってくる。見ると園内の前栽に沈丁花が存在を誇示していた。今年も会えたぞ。

「冬のソナタ」でもラスト近くの冬の終わりの場面は後味のいい懐かしい作り方をしていたなと想起する。いまの韓国の冬の終わりはPM2・5が降ってくることになってしまった。これじゃメロドラマなどにはなりようがない。15年足らずでずいぶん世界も自然も変わったと慨嘆。

朝の雨も昼過ぎには小やみになった。池田山界隈をぶらぶら歩くと、赤い大きな椿が道端にごろんと転がっている。いかにも重たげな花。

 嵩ありて真下に落つる椿かな 

 申告も終わったし、企画も採用されそうだし、来週には久しぶりに関西へロケに出ることもありそうだし、小生にも春が来るかな。


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# by yamato-y | 2019-03-07 19:53 | Comments(0)

養生中

春隣

 3月に入って雨の日が続く。冷たいのだがどこか温みを感じる。春が近づいているのだろう。今朝、マンションのエレベーターにプラスチック建材のようなものが張り巡らされていた。エントランスにはその建材に「養生中」と注意書きがあった。いったいどういう意味か首を捻った。誰かマンションの住人で病気の人がいて、そのことを告知して騒音などを立てないようにというお願いなのだろうか。

 コンビニまで肉マンを買いに出て戻ると、管理人さんがいた。そこで疑問をぶつけてみた。

「誰かご病人でも出たのですか」

 気のいい管理人さんはわざわざその張り紙のところまで来て説明してくれた。

「引っ越し業者がエレベーターを傷つけないように、ああやって壁面をプラスチックの建材で覆うのですよ。その処置することをギョーカイ用語で養生中といいます」

 ふむ面白い。これまでものり面という建築用語やカーブを曲がるとき大きく膨らむという「警察用語」などを知って目からウロコだったが、今回もその一つ。でもよく見るとエレベーターはプラスチック建材でしっかり覆われて、まるで治療されている状態。あながち本来の意味と違っていないことに感心した。

 3月初旬、この時期の季語は冬と春の境目で微妙だ。春隣もそのひとつ。

春隣 茅屋住まひも養生中


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# by yamato-y | 2019-03-04 17:10 | Comments(0)

マイフェボリットシングス

マイフェボリットシングス――夕暮れ

夕暮れが好きだ。空いっぱいに紅に染める夕日、その最期に遭遇すると我が魂は千々に乱れ、上っ調子になっていく。夕暮れというのは時分を表す、夕焼けといえば空 を染める空間現象を指す、そういうこと以上を含みこんだ言葉として夕暮れ、西行の「しぎたつ沢の秋の夕暮れ」のような感じかな。この歌は長年住み慣れた大磯を舞台にして詠まれたものでなんとなく光景も目に浮かぶ。

 だが今は目黒の街中に住んで、あれとは違う冬の夕暮れが好きになった。寒さが厳しい夕暮れに見る夕焼けはひときわ赤く雄大だ。

白金から目黒駅に向かって歩くと、正面に夕日が落ちていく。その光芒が空いっぱいに広がると、ちょうど向き合った2つの高層ビルのフレームで切り取られる。すると夕焼けがそれまで以上に美しくなる。あらためて絵における枠の重要さを知る。

 残念なことに立ち止まって夕焼けに目を奪われる人は少ない。足早に家路を急ぐ勤め人ばかり。勿体ない。

 春になると夕もやがかかって日没の“激しさ”、滾るような情熱が減少する。それはそれで春風駘蕩、悪くはないが、やはり冬の夕暮れが好きだ。そういえば、小林勇の「夕焼け」というエッセーが好きだった。すっかり忘れていた。昔読んだ頃は晩年の小林の心境など対岸の火事にしか見ていなかった。今読むと身につまされるのだろうか。読み返したいようなしたくないような。でも人生の掉尾に夕焼けを思うというのはセンチメンタルと分かっていても共感する。


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# by yamato-y | 2019-02-28 21:07 | Comments(0)


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